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[標本番号:No.630   採集日:2009/04/19   採集地:茨城県、石岡市]
[和名:ミヤマサナダゴケ   学名:Plagiothecium nemorale]
 
2009年4月25日()
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
(a) 岩についた植物体、(b) 採取標本、(c) 湿時、(d) 乾燥時、(e, f) 葉、(g) 葉の基部、(h) 葉身細胞、(i) 葉先の葉身細胞、(j) 葉基部の葉身細胞、(k) 葉の横断面:複数の葉、(l) 茎の横断面

 筑波山の林道脇の小沢(alt 200m)の岩にナメリチョウチンゴケ(標本No.267)と混成していた蘚類を観察した(a)。当初はチョウチンゴケの仲間だけを採集したつもりだったが、結果的にこの蘚類の方が多かった。そこで新たに標本番号No.630をあてた。
 茎は岩を匍うようにもみえるが、ほとんど不明瞭で、長さ1.5〜2.5cmほどの枝が基部から斜上する。葉をやや扁平気味につけ、乾燥すると縮れる(b〜d)。ナメリチョウチンゴケとは違って、少量の湿気ですぐに葉は生時の状態に復帰する。
 葉は卵形で、長さ2〜2.8mm、次第に細くなり鋭頭、わずかに凹み、縁は全縁。二叉する中肋は葉長の中程まで達し、非相称(e, f)。葉の基部は細く下延し、翼部の細胞はほとんど分化しない(g)。葉身細胞は長い六角形で、長さ60〜110μm、幅15〜25μm、薄膜で平滑(h)。葉先付近では短く(i)、葉基部では徐々に幅広で矩形の細胞となっている(j)。茎の横断面には中心束があり、表皮細胞はやや小さめで薄膜(l)。数枚の葉をまとめて横断面を切ると、葉緑体がはみ出した(k)。
 
 
 
(m)
(m)
(n)
(n)
(o)
(o)
(p)
(p)
(q)
(q)
(r)
(r)
(m) 葉の基部と仮根、(n) 仮根、(o) 雄苞葉、(p) 雄苞葉と造精器、(q) 雄苞葉、(r) 雄苞葉の葉身細胞

 枝の下部では、葉の背面基部から多数の仮根がでる(m)。仮根は葉の背面中央部や、時には先端付近からも出て、表面は平滑(n)。葉の腹面基部には雄苞葉に包まれた造精器らしきものが多数ついている(o)。雄苞葉は幅広い基部をもち、葉先は鋭く尖り、葉身細胞は普通の枝葉とほぼ同様の長い六角形(r)。なお、毛葉や偽毛葉などはみあたらない。

 葉は卵形で翼部は未発達、中肋は2本、葉身細胞は長い六角形、などからサナダゴケ科 Plagiotheciaceae の蘚類だと思う。保育社の検索表をたどると、茎の表皮細胞が「大きくて薄膜」か「小さくて厚膜」かで分かれる。本標本のそれは、小さくて薄膜なので、いずれにも該当しない。保育社図鑑では、サナダゴケ科に6属を数えるが、平凡社図鑑では2属を残し、他の4属はハイゴケ科に移されている。あらためて平凡社図鑑で検索するとサナダゴケ属 Plagiothecium となる。
 種への検索表をたどるとミヤマサナダゴケ P. nemorale に落ちる。種の解説を読むと、おおむね観察結果と一致する。平凡社図鑑では属の解説の項に「中心束はなく」とあるが、これは多くの属でそうであるが、ミヤマサナダゴケには該当しないと理解した。また、検索の過程で、葉基部の「最下端の細胞は三角形」とあるが、これも該当しない。

[修正と補足:2009.04.26]
 "葉基部の「最下端の細胞は三角形」とあるが、これも該当しない。" と書いたが、あらためて10数枚の葉を茎からていねいに外して、再確認してみた。
 

 
 
(s)
(s)
(t)
(t)
(u)
(u)
(v)
(v)
(w)
(w)
(x)
(x)
 なるべくきれいに茎から外せるように、3%KOHに浸して組織を柔らかくしてから、葉を取り外した。多くの葉の基部は狭く茎に下延しているが、よく見ると先端の細胞は、細長い二等辺三角形となったものが多かった(s〜w)。しかし、どう見ても三角形とは言い難い細胞からなる葉も20%ほどあった(x)。いずれにせよ、ていねいに葉を取り外さないとわかりにくい。