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[標本番号:No.717   採集日:2009/08/25   採集地:新潟県、妙高市]
[和名:タニゴケ   学名:Brachythecium rivulare]
 
2009年9月14日(月)
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
(a) 植物体、(b, d 採取標本:乾燥時、(c, e) 採取標本:湿時、(f, g) 茎葉、(h) 茎葉中央、(i) 茎葉先端、(j) 茎葉翼部、(k, l) 茎葉の横断面

 新潟県の妙高高原(alt 1260m)でアオギヌゴケ科 Brachytheciaceae の蘚類を採集した。水辺近くの岩上にみずみずしい姿を見せていた(a)。この仲間の蘚類を採集したのは久しぶりだ。
 一次茎は岩をはい、二次茎は斜上して不規則羽状に分枝し、枝は立ち上がり、全体として厚く大きなマットを作っていた。一次茎からは鞭枝も出ている。乾燥すると、葉がわずかに縮むみ、茎に密着気味になり、湿ると葉が展開する。葉を含めた枝幅は1.5〜2.5mm。
 茎葉は卵状三角形で、長さ2.0〜2.4mm、深く凹み、先端は鋭頭だが尖った部分は短い。茎葉基部は広く下延し、その部分の細胞は大きくて葉身部と明瞭な境界を作る。茎葉上部の縁には微細な歯があり、中肋が葉長の2/3〜3/4に達する(f, g)。
 茎葉の葉身細胞は線形で、長さ70〜90μm、幅6〜10μm、薄膜で平滑(h)。葉頂の葉身細胞は30〜50μmでやや厚膜となる(i)。茎葉の翼部では、葉身部の細胞とは明瞭に異なり、薄膜矩形の大きな透明細胞からなる(j)。茎葉横断面にはガイドセルもステライドもない(k, l)。
 
 
 
(m)
(m)
(n)
(n)
(o)
(o)
(p)
(p)
(q)
(q)
(r)
(r)
(m, n) 枝葉、(o) 枝葉中央、(p) 枝葉先端、(q) 枝葉翼部、(r) 枝葉の横断面

 枝葉は卵形〜楕円形で、葉先は広く尖るが鋭尖部は短く、全体として茎葉より狭く短い。枝基部の葉は、長さ1.0〜1.6mm、枝先の葉はさらに小さい(m, n)。枝葉の縁には微細な歯があり、中肋が葉長の2/3以上に達する。枝葉の基部もわずかに下延し、下延部の細胞は、ほかと明瞭に区別される。枝葉の葉身細胞は茎葉のそれとほぼ同じだが、幅はやや狭いものが多い(o〜q)。葉の横断面の様子も茎葉と変わらない(r)。
 
 
 
(s)
(s)
(t)
(t)
(u)
(u)
(v)
(v)
(w)
(w)
(x)
(x)
(y)
(y)
(z)
(z)
(aa)
(aa)
(ab)
(ab)
(ac)
(ac)
(ad)
(ad)
(s) 茎の横断面、(t) 枝の横断面、(u) 朔柄基部と苞葉、(v, w) 苞葉、(x) 苞葉中央、(y) 苞葉先端、(z) 苞葉基部、(aa) 朔柄下部、(ab) 朔柄の乳頭、(ac) 朔柄横断面、(ad) サフラニンで染めた茎葉

 茎や枝の横断面には中心束があり、表皮はやや厚膜の小さな細胞からなる(s, t)。朔柄の基部を包むように囲む苞葉は、矩形の端から急に細くなって伸びる形をしていて、長さ2〜3mm、上半の細い部分は強く反曲する(v, w)。苞葉の葉身細胞は線形で、長さ80〜120μm、幅10〜15μm、薄膜で平滑。苞葉基部では葉身細胞は幅広な矩形となる(z)。
 採集標本に成熟した朔はなかったが、若い朔柄がいくつか見られた。未成熟な朔は非相称で傾いている。朔柄は赤褐色で、表面には全体にわたって乳頭がある(aa〜ac)。

 アオギヌゴケ属 Brachythecium の蘚類だろう。保育社図鑑で種への検索表をたどってみた。図鑑には「日本に約35種あり、分類がむずかしい」とある。観察結果に基づいてたどっていくと、タニゴケ B. rivulare に落ちる。種の解説を読むと、観察結果とほぼ一致する。平凡社図鑑の検索表は、保育社図鑑のそれと比較してやや複雑で詳細だが、比較的すんなりとタニゴケにたどり着ける。タニゴケを観察したのは、今回が三度目となる(標本No.232No.105)。
 No.232の観察覚書の末尾には「次回タニゴケに出会っても、多分また迷うことだろう」と記されている。今回は現地ですぐにアオギヌゴケ属の蘚類だろうと見当がつき、たぶんタニゴケだろうと感じた。満三年を経過し、少しはコケを見る目ができ始めたのだろうか。