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[標本番号:No.722   採集日:2009/08/29   採集地:山梨県、甲府市]
[和名:ミヤマチリメンゴケ   学名:Hypnum plicatulum]
 
2009年9月29日(火)
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
(a, b) 樹幹の植物体、(c) 採集標本、(d) 枝のひとつ、(e, f) 茎葉と枝葉、(g) 茎葉、(h) 茎葉中央、(i) 茎葉翼部、(j) 枝葉中央、(k) 枝葉翼部、(l) 枝葉上部

 奥秩父の金峰山への山道(alt 2350m)で樹幹から倒木にかけて、広範囲に繊細なコケが淡緑色〜白緑色の薄いマットを作っていた(a, b)。茎は樹幹や倒木をはい、規則的羽状に枝を出す。小枝は長さ2〜6mm、葉を含めた枝幅は0.5〜1.0mm(c, d)。
 枝や葉はやや扁平気味につく。茎葉は長さ1.2〜1.4mm、卵形の基部から急にあるいは次第に細くなって、先端は針金状に尖り上部は鎌形に曲がる(e〜g)。中肋は二叉して短く、不鮮明なものも多い。葉縁は上半部にわずかに非常に微細な歯があるが、ほぼ全縁。葉基部の翼部はあまり発達していない。枝葉は茎葉とほぼ同形で長さ0.8〜1.2mm。
 茎葉の葉身細胞は線形で、長さ35〜60μm、幅3〜5μm、薄膜で平滑(h)。翼部では方形〜矩形でやや大形の細胞がわずかに分化する(i)。葉上半部から先端の葉身細胞も線形でわずかに短い。枝葉の葉身細胞や翼も茎葉とほぼ同様(e, f, j〜l)。
 
 
 
(m)
(m)
(n)
(n)
(o)
(o)
(p)
(p)
(q)
(q)
(r)
(r)
(s)
(s)
(t)
(t)
(u)
(u)
(v)
(v)
(w)
(w)
(x)
(x)
(m) 茎の横断面、(n) 偽毛葉、(o) 朔、(p) 朔歯、(q) 外朔歯[右]と内朔歯[左]:実体鏡、(r) 同左:顕微鏡 、(s) 外朔歯、(t) 外朔歯基部、(u) 外朔歯上部、(v) 内朔歯、(w) 内朔歯基部、(x) 内朔歯上部

 茎や枝の横断面で表皮細胞は薄膜でやや大形、弱い中心束がある(m)。線形〜わずかに葉状の偽毛葉がみられる(n)。
 朔柄は長さ12〜16mm、表面は平滑。朔は非相称で、傾いてつき、長卵形で、乾燥すると縦皺が顕著となる(o)。朔歯は二重で、内外それぞれ16枚からなる(p)。外朔歯の基部には横条があり、上部は微細な乳頭に被われる(s〜u)。内朔歯の基礎膜は中程まで達し、間毛と葉突起が明瞭に分岐している(v〜x)。

 標本の一部に朔をつけたものがあり、朔歯の観察はできたが、帽や蓋は残っておらず、胞子もほとんど残っていなかった。また、大部分は内朔歯の先端部が崩れていた。茎葉と枝葉を並べて撮影したところ、色が薄くコントラストが不鮮明だったので、サフラニンで葉を染めて撮影した。
 古い朔だったが、朔歯が比較的きれいに残っていたので、外朔歯と内朔歯を分けてみた(q, r)。内外の朔歯を分離する作業は、実体鏡の下で先細ピンセットを2本使って行なった。

 植物体が羽状に分枝し、葉先が強く鎌形に曲がり、葉の中肋が二叉して短いことから、ハイゴケ属 Hypnum の蘚類だろうと見当をつけた。さらに茎の表皮細胞が薄膜で比較的大型であること、茎葉が小さく、乾いた朔に強い縦皺がみられることから、保育社図鑑でも平凡社図鑑でもミヤマチリメンゴケ H. plicatulum に落ちる。両図鑑の解説はほぼ同内容で、観察結果とおおむね一致する。ねんのため Noguchi(Part5 1994)にもあたってみたが、間違いなさそうだ。