HOME  観察覚書:INDEX back


[標本番号:No.723   採集日:2009/09/05   採集地:山梨県、鳴沢村]
[和名:ユリミゴケ   学名:Tetraplodon angustatus]
 
2009年10月8日(木)
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
(a) 植物体、(b, c, d) 乾燥標本、(e, f) 水で戻した標本

 9月初め頃、富士山の山梨県側に菌類調査に入った。その折に、シカやカモシカの糞が一面に転がった腐葉土の一角で(alt 1,800m)、丸山型に群生していた蘚類にであった(a)。
 茎は密に固まってはえ、4〜6cm、下部は褐色の仮根で被われる。最下層では、仮根と茎が絡み合い、個体をほぐすのが困難な状態となっている。葉は長卵状披針形で細く尖り先端は芒となり、やや深く凹み、長さ4.5〜6.5mm、葉縁上半にはまばらに歯がある。中肋は葉頂に達する。
 
 
 
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
(m)
(m)
(n)
(n)
(o)
(o)
(p)
(p)
(q)
(q)
(r)
(r)
(g, h) 葉、(i) 葉の上部芒の基部、(j) 葉の中央部、(k) 葉の基部、(l) 葉の先端部、(m) 葉の横断面、(n) 葉の横断面:中肋、(o) 茎の横断面、(p) 仮根、(q, r) 未熟な胞子体

 葉身細胞は矩形〜多角形で、長さ40〜70μm、平滑で薄膜。葉基部の葉身細胞は長い矩形で、長さ80〜120μm。葉の横断面で中肋にはガイドセルやステライドはなく、中心束様のものがみられる。仮根は薄膜で平滑。採集した個体には胞子体がついていたが、いずれもみな未熟で、僧帽形の帽をかぶっていた。

 採集当時は霧雨状態だったので、朔や上部の葉先に水滴が着いていた。熟した朔をつけた群れがないか周囲を探したが見つからなかった。採集するとき下には特に糞があるようには見えなかった。ただ、周囲には無数にシカ糞が散らばっていた。
 糞が一緒に着いてくればすぐにどの属か見当がついたのだろうが、褐色の仮根密集状態の部分には針葉樹の葉が付着していただけだった。また、葉をKOHで封入すると黄色味が強くなったこともあって、観察し始めた頃には亜高山性のハリガネゴケ属の一種だろうと思っていた。
 ところがハリガネゴケ属をはじめ、考えられる蘚類のどれにも符合するものがない。まさかと思ってマルダイゴケ属 Tetraplodon にあたってみると、ユリミゴケが観察結果とよく一致する。この時点で、はじめて採取した群れの下にきっと糞があったのだろうと推測することになった。あらためてNoguchi(Part2 1988)にあたってみると、観察結果とほぼ符合する内容が記されていた。この次には色づいた朔をつけた状態の群れに出会いたいと強く感じた。