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[標本番号:No.792   採集日:2009/10/14   採集地:秋田県、東成瀬村]
[和名:ウキヤバネゴケ   学名:Cladopodiella fluitans]
 
2009年11月25日(水)
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
(m)
(m)
(n)
(n)
(o)
(o)
(p)
(p)
(q)
(q)
(r)
(r)
(a〜c) 植物体、(d) 背面、(e) 腹面、(f) 分枝する枝、(g) 透明な仮根、(h) 仮根と腹葉:サフラニン染色、(i〜k) 葉、(l, m) 葉身細胞、(n, o) 油体、(p) 茎の横断面、(q) 花被、(r) 花被の表皮

 今日観察した苔類も栗駒山周辺の湿地で採集したミズゴケ(標本No.787)の茎に絡みついていたものだ。同じ種と思われる苔類は、他の標本にも数本ずつ絡みついていたが、標本数が少ないので処分してしまった。No.787に混生していたものは比較的個体数が多かったので(a)、新たに標本番号No.792を立てて観察することにした。

 植物体は緑色から褐色で、茎は長さ1〜4cm、葉を含めた茎の幅は2〜3mm、分枝は比較的少なく(a, b)、腹面側からムチゴケ型の分枝をする(f)。分枝した枝には鞭状のものもある。仮根は白色透明で、腹面側からまばらに出る(g, h)。葉は離在し、茎に斜めについて瓦状につき、楕円形から方形で、長さ0.8〜1.0mm、幅もほぼ等しく、1/4〜1/3まで2裂し、裂片は三角形〜放物形で鈍頭〜円頭(d, e, j, k)。ときに3裂する(d)。
 葉身細胞は、方形〜多角形で、長さ25〜40μm、基部で大きく裂片に向かってやや小さくなり、薄膜でトリゴンは無く、表面は平滑(m, n)。油体は球形〜楕円形で、長径2〜6μm、微細な粒子の塊状で、1細胞あたり2〜8個ある(n, o)。腹葉は小さく、幅は茎幅より狭く、多くは長舌状で長さ0.2〜0.8μm(e, h)。茎の横断面で表皮や中心部に分化はみられない(p)。花被は長紡錘形(q)。苞葉もなく、既に内容物は全くなかった。

 ヤバネゴケ科 Cephaloziaceae の苔類だろう。保育社図鑑の検索表をたどると、すんなりとウキヤバネゴケ属 Cladopodiella に落ちる。同図鑑には日本産1種としてウキヤバネゴケ C. fluitans だけが掲載されている。そこで平凡社図鑑をみると日本産2種とあり、ヒメウキヤバネゴケ C. francisci が検索表に載っている。しかし、種の解説にはウキヤバネゴケしかない。検索表の簡略な解説から、本標本はヒメウキヤバネゴケでないことは明らかである。両図鑑でウキヤバネゴケについての解説を読むと、観察結果とほぼ符合する。

 それにしても、この標本では腹葉が非常にわかりづらかった。中には長さ0.8mm幅0.4mmという大きなものがあったが、大部分は細い糸状で、仮根よりやや幅広のため、見落としやすい。また、仮根は白色透明なため、撮影するとほとんどわかりづらくなってしまうので(g)、サフラニンで染めることになった(h)。
 昨日観察したウカミカマゴケ Drepanocladus fluitans も、このウキヤバネゴケ Cladopodiella fluitans も、学名の種小名の部分が同じ「fluitans」つまり英語の floating となっている。いかにも水中に浮遊するコケを思わせる学名だ。