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[標本番号:No.0934   採集日:2010/04/30   採集地:山梨県、鳴沢村]
[和名:ヨシナガムチゴケ   学名:Bazzania yoshinagana]
 
2010年5月18日(火)
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
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(d)
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(e)
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(f)
(f)
(g)
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(h)
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(i)
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(j)
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(k)
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(l)
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(m)
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(n)
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(o)
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(p)
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(q)
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(r)
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(a) 標本、(b) 背面、(c) 腹面、(d) 腹面の鞭枝、(e) 腹葉、(f) 葉と合着する腹葉、(g, h, i) 葉、(j) 葉身細胞:輪郭部に合焦、(k) 葉身細胞:内部に合焦、(l) 油体、(m) 葉の横断面、(n, o) 腹葉、(p) 腹葉の横断面、(q) 茎の横断面、(r) 鞭枝の横断面

 富士山の奥庭周辺でムチゴケの仲間を採取した(alt 2360m)。やや暗い針葉樹林の林床(溶岩)を覆う腐葉土から出ていた。フィールドでの撮影はしなかった。
 茎は長さ3〜8cm、葉を含めた幅は3〜6mm、ヤスデゴケ型に分枝して弱い羽状となり、密に重なった葉を瓦状につけ、腹面の随所からムチゴケ型分枝をして頻繁に鞭枝をだし、全体に硬い感触を与える。鞭枝には極めて小さな葉がつく。葉は長さ2.2〜2.8mm、幅1.3〜1.6mm、卵状楕円形で先端に3歯がある。葉身細胞は丸みを帯びた六角形で、長さ30〜45μm、膜は厚く平滑でトリゴンは大きい。油体は紡錘形で長さ6〜10μm、各細胞に6〜12個ある。腹葉は基部で葉と合着し、扇状方形で長さ0.6〜0.8mm、幅1.0〜1.3mmで茎径の1.2倍ほどあり、やや外曲し、先端部は軽く鉅歯状で、葉身細胞や油体の様子は葉のそれらとほぼ同じ。茎や鞭枝の横断面に中心束はなく、表皮細胞は髄部の細胞からやや分化して厚膜となっている。

 花被をつけた個体はみつからなかった。現地では腹葉が葉の基部で合着していることに気づかずに、既に何度も観察してきたムチゴケ属 Bazzania の苔類だろうと思い撮影をしなかった。平凡社図鑑でムチゴケ属の検索表をたどってみた。腹葉が緑色で細胞膜が厚く、葉先はほとんど内曲せず、先端には3歯があり、葉は脱落しにくく、腹葉の幅は茎幅の2倍以下で鋸歯をもち、葉と腹葉は基部で合着し、茎は葉を含めて3〜6mmあり、高山帯に生育することから、すんなりとヨシナガムチゴケ B. yoshinagana に落ちる。平凡社図鑑には種の解説はなく、保育社図鑑の解説もいたって簡略である。
 井上『日本産苔類図鑑』(1974)には詳細な図と記載があり、観察結果とほぼ符合する。同図鑑には「ほとんどが純群落となり,やや陰湿な場所では広大な面積を占めることがある。ブナ帯以上の落葉広葉樹林からコメツガなどの針葉樹林内に生育」と記される。本標本は、コメツガ樹林のやや暗い林床に大きな群落を作って広くに覆っていた。