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[標本番号:No.0960   採集日:2010/06/06   採集地:栃木県、日光市]
[和名:シノブヒバゴケ   学名:Hylocomiastrum himalayanum]
 
2010年8月12日(木)
 
(a)
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(b)
(b)
(c)
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(d)
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(e)
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(f)
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(g)
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(h)
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(i)
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(j)
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(k)
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(l)
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(a, b) 植物体、(c) 標本、(d) 標本の一部:湿時、(e) 枝:乾燥時、(f) 枝:湿時、(g) 茎:乾燥時、(h) 茎:湿時、(i) 茎葉と枝葉、(j) 茎葉、(k) 茎葉の葉身細胞、(l) 茎葉の基部

 鶏頂山で登山道を登る途中、大沼の近くで大型の蘚類が岩と腐植土を一面に広くおおっていた(alt 1460m)。遠目にはコウヤノマンネングサ(標本No.123)がタチハイゴケ(標本No.300)のような枝振りで群生しているかのような印象を受けた。
 茎は斜上し、細長い枝を不規則羽状にだす。乾湿で姿をほとんど変えないが、乾くと枝葉はわずかに枝にゆるく接する。茎は葉を含めて幅1.2〜1.5mm、葉を取り去ると径0.5〜0.7mm。枝は葉を含めて幅0.6〜1.0mm。茎や枝の表面は無数の毛葉に被われる。
 茎葉は丸みを帯びた三角形で、長さ1.3〜1.5mm、基部は赤褐色でやや下延し、先端は鋭頭、葉面には縦に深い皺が何本もある。葉縁の全周には微細な歯があり、葉先近くではやや大きい。中肋は1本で、葉の中程で終わるが、深い縦皺と紛らわしい。
 
 
 
(m)
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(n)
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(o)
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(p)
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(q)
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(r)
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(s)
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(t)
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(u)
(u)
(v)
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(w)
(w)
(x)
(x)
(m) 枝葉、(n) 枝葉の葉身細胞、(o) 枝葉の先端、(p) 枝葉の基部、(q) 枝葉の横断面、(r) 枝の横断面、(s, t) 茎の横断面、(u, v) 毛葉、(w) 茎葉背面の中肋先端、(x) 枝葉背面の中肋先端

 枝葉は長さ0.5〜0.8mm、広卵形〜卵形で、鋭頭。葉縁の全周にわたって鋭い歯があり、葉面には深い縦皺がいくつもある。中肋は1本で、葉長の3/4あたりまで達する。細い枝の先につく葉は、長卵形〜披針形で、長さ0.3〜0.5mm、深い縦皺は比較的少ない。
 葉身細胞は茎葉も枝葉もほぼ同じ線形で、長さ25〜50μm、幅3〜6μm、薄膜で平滑。赤褐色を帯びた葉基部の葉身細胞は楕円形で、長さ20〜40μm、幅10〜15μm、やや厚膜で平滑。葉先の細胞は長さ20〜25μmの長い菱形でやや幅広。
 茎の横断面には明瞭な中心束があるが、枝の横断面には中心束はない。両横断面ともに表皮細胞は小形で厚膜の赤褐色の細胞からなる。枝葉の背面では中肋の先端に明瞭な突起があるが、茎葉の背面では突起の不明瞭な葉も多い。

 イワダレゴケ科 Hylocomiaceae ヒヨクゴケ属 Hylocomiastrum の蘚類に間違い内。平凡社図鑑の検索表からは、シノブヒバゴケ H. himalayanum となる。図鑑の記述にははなはだチグハグな記述がある。検索表には「A. 枝葉の先は短く尖る。中肋は1本」あるいは「A. 枝葉の先は長く尖る。中肋は2本」とある。ここで「中肋は1本」の選択枝にはミヤマリュウビゴケとシノブヒバゴケがあり、その形質状態の違いが記される。ところが、シノブヒバゴケの種の解説を読むと、「中肋は2本で葉の中部に終わる」と記されている。
 念のため Noguchi(Part5, 1994)の Hylocomium himarayanum を開いて見ると、「(Stem leaves;) costa single, sometimes branched or forked at base」とある。茎葉の中には、中肋が基部で2本に枝分かれしたものもあるが、そのうちの1本は非常に短い。野口『日本産蘚類概説』(1976)でも「中肋は1本」と明瞭に記されている(p.273)。