HOME  観察覚書:INDEX back


[標本番号:No.1223   採集日:2018/03/03   採集地:三重県、いなべ市]
[和名:コゴケ属   学名:Weissia sp.]
 
2018年3月23日(金)
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
(a) 発生環境、(b) 植物体、(c) 乾燥時、(d) 湿時、(e) 標本:乾燥時、(f) 標本:湿時、(g) 葉、(h) 葉の基部、(i) 葉の先端、(j) 葉上部の細胞、(k) 葉中央部の細胞、(l) 葉基部の細胞

 今月初めに三重県の友人宅に行ったときに、そこの庭に出ていた柔らかい感じの明るい黄緑色のコケを持ち帰った。このコケの存在は昨年3月から少々気になっていた。というのも自分がこれまで出会った蘚類とはなんとなく違う感触があったからだ。梅の樹下の砂利を敷いた陽当たりのよい通路に饅頭を転がしたような塊状になって群れていて、触れると短い毛に覆われた小動物の背をなでるような感触がした。

 茎は非常に短く、0.8〜1.2mmで、茎よりはるかに長い葉が茎の上部にまとまって出ている。このため、ちょっと見た目には茎がないかのように見えた。一見したところ胞子体をつけているようには見えなかったが、標本をバラバラにしてみると、ほとんどの株には胞子体らしき組織が、長い葉の底に埋もれるように着いていた。葉は湿ると反り返るようにやや展開するが、乾燥すると上半部が捲縮してカタツムリの殻のような形となる。
 葉は基部が鞘状になって茎を包み、やや広い基部から細く針状に伸び、長さ3〜5mm、茎の下部では小さく、上部の葉ほど大きく、雌苞葉は特に大きく長さ5〜6mmに達する。葉の中央部から基部では全縁だが、先端に近い方では小さな歯があるかのように見える。
 葉基部の細胞は矩形で、長さ40〜60μm、幅10〜20μm、薄膜で平滑。葉の中部の細胞は六角形〜長楕円形ないし矩形で、長さ10〜20μm、幅6〜10μm、表面には数個の小さな乳頭があり、部分的に二層の厚さがある。中肋は基部では葉幅の1/4〜1/3の太さで、透明な葉の中に曖昧な姿で消えているが、中央部から先では太く明瞭となり、葉の先端では中肋のみとなって突出する。葉の断面で中肋には顕著なガイドセルと背腹両側にステライドが見られる。断面を見ると葉基部の細胞は薄膜平滑であり、上部の細胞はやや厚膜で乳頭があることがよくわかる。茎の断面で表皮細胞はやや厚膜で、中心束はない。
 

 
 
(m)
(m)
(n)
(n)
(o)
(o)
(p)
(p)
(q)
(q)
(r)
(r)
(s)
(s)
(t)
(t)
(u)
(u)
(v)
(v)
(w)
(w)
(x)
(x)
(m) 葉上部の断面、(n) 葉中央部と下部の断面、(o) 茎の断面、(p) 胞子体:閉鎖果、(q) 帽をかぶった朔、(r) 帽と朔:帽はサフラニン染色、(s) 朔の頂部、(t) 朔の基部:気孔が見える、(u) 朔の断面、(v) 胞子体の基部、(w) 朔柄基部の断面、(x) 胞子

 朔はいわゆる閉鎖果、卵形〜楕円形で長さ0.8〜1.2μm、先端が嘴状に尖り、薄く僧帽状の帽は朔の上半分だけを覆う。無論蓋や朔歯などはなく、成熟した朔は裂開して胞子を放出する。朔柄は短く長さ0.2〜0.3μm、基部付近は帯で包まれたようになっている(v)。朔の基部には気孔が見られる(t)。胞子は歪んだ類球形で、微細なイボに覆われ、径15〜20μm。雄器は胞子体の基部の葉腋からでる。

以下は同定ミス ← [2020.11.25付記]にて修正
 Ditrichaceae(キンシゴケ科) Pleuridium(キンチャクゴケ属)のP. japonicum(ヤマトキンチャクゴケ)だと思う。この蘚類はかつてはPleuridium subulatum(ホソバノキンチャクゴケ)と誤同定されていたらしい。保育者図鑑やNoguchiではP. subulatumとして記述されている。
 知識としては閉鎖果をつける蘚類があるということは知っていたが、実際に見たのは初めてだった。採集時にはこの蘚類が胞子体をつけていることには全く気付かなかった。自宅で標本を実体鏡で見て初めて朔をつけていることに気づいた。
 朔の帽にかんしては、採取時の状態のまま撮影すると朔本体と明瞭に区別できないので(p)、フロキシンで染めて(q)、さらに取り外した状態で撮影してみた(r)。胞子はさらに高倍率で見ると、表面のイボはいっそう明瞭に捉えられた。

 観察を終えた直後、この蘚類がどの仲間のものなのかよくわからなかった。そこで、閉鎖果をつける蘚類を列挙してみると、キンシゴケ科にキンチャクゴケ属、ニセカゲロウゴケ属、ヤブレキンチャクゴケ属が、またセンボンゴケ科にコゴケ属(=ツボゴケ属)といったものがあることを知った。葉の形などからキンシゴケ科らしいことは見当がついたが、念のためにこれらの各属の蘚類を平凡社図鑑で一点一点あたってみて、どうやらキンチャクゴケ属の蘚類らしいと分かった。

[2020.11.25付記]
 昨年(2019)末に判明したことだが、これは初歩的な同定ミスといえる。センボンゴケ科(Pottiaceae)コゴケ属(Weissia)の蘚類で、 ツチノウエノタマゴケ(W. crispa)かトジクチゴケ(W. exserta)の可能性が高い。ここに改めて修正する次第だ。
 諸般の事情から一年近くも放置してしまったが、昨年末に愛知県の山内喜朗さんというアマチュア研究者の方からご指摘を受けた。すぐに再チェックして図鑑類などにあたってみたところ、確かにキンシゴケ科のヤマトキンチャクゴケではなく、センボンゴケ科コゴケ属の蘚類だと判明した。しかし、本日に至るまで修正もせず放置していた。
 山内さんのサイト「苔むす図鑑」に、ツチノウエノタマゴケとトジクチゴケの観察結果が、特徴を捉えた写真と顕微鏡写真を添えて掲載されている。是非とも一読されたい。