採取から既に2週間以上が経過し、標本はすっかり乾燥してことごとく暗褐色となっていた。観察するために、一部を水没させて何気なく凾みた。ルーペで凾みると、全く別種のものが混じっている(c, d)。ギボウシゴケ科の蘚類を予測していたのに、1.5cmほどの長さの柄をつけたネジクチゴケ属のような凾ェ混じっている(d)。
採取したもののなかに別種が混じっていることは日常茶飯事なので、最近では少しも慌てることはない。今回も、ネジクチゴケ属やネジレゴケ属などが一部混在しているのだろう、そう思った。次に数本の茎から、葉を削ぎ落としてみると、3タイプほどがみられた(e〜g)。
これはまずい。乾燥状態では一様に同じに見える標本だが、どうやら少なくとも3種類が混じっていることは確実だ。湿った状態にすれば、混じった種を区分けできるのではあるまいかと思って、標本すべてを水没させた。巻縮していた葉が延び、部分的に緑色となった。
この段階で大きく2群に分けることができた。次にそのひとつのグループの葉をみると、まだ複数種が混じっている。葉身細胞をみると、方形(h, i)、円形(j)、矩形(k)と明らかに別種であるとわかる。胞子表面にも、乳頭を複数もつもの、ひとつもつもの、平滑なものがある。
もう一つのグループでも、複数種が混在している。ていねいに仕分けていけば、メイングループと少量の混在種を区別できるのではあるまいかと考えた。ただ、どれも小さくて、外見的にはとてもよく似ている。とりあえず、実体鏡の下でひとつずつ区分けを試みた。
実体鏡を見ながら分けたグループは4つになった。さらに、実体鏡だけでは区別の難しいものがある。それらの葉を顕微鏡でみると、葉身細胞表面の乳頭の数が異なっている。となると、最低でも5種が混在している可能性がある。
そこで、実体鏡と生物顕微鏡の脇にシャーレを5つ並べ、そこに仕分けた個体を放り込んでいった。さらに1時間ほど作業をしているうちに、バカバカしくなってきた。というのは、整った形の葉をつけた個体が案外すくなく、多くは激しく千切れてしまっている。
この標本は同一種を持ち帰ったつもりで、標本番号No.182を与えたのだが、このうちのどれをNo.182にしたものか考えあぐねてしまった。シャーレに分けたこけは、どれが際だって多いということはなかった。結論として、この標本は廃棄して、No.182を欠番とすることにした。
これは、いくつかの初歩的ミスが累積した結果といえる。まず、採取時に10〜20cmほど離れて出ていたグループを同じ袋に入れてしまった。さらに、帰宅後に茎の基部のコンクリート片や小石、土塊などを取り除くために、群をバラバラにしてしまった。要反省である。
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