矢板市の八方ヶ原(alt 1,300m)で赤松の樹幹に葉が縮れたコケが着いていたが、朔をつけたものが見当たらなかった(a)。採集したのは三か月ほど前の4月29日だったが(標本番号 No.1191)、その後に同所を訪れても相変わらず着生している姿がよく目立つものの、いまだに朔をつけた個体がみられない。あきらめて、三か月前に採集した標本を観察してみた。
茎は長さ10〜12mmほど。葉をルーペで見ると透明感があって細長い(c)。乾燥時は強く巻縮し(b, d)、湿るとまっすぐ伸びる(e)。葉は卵形の鞘部から線形に長く伸びて、長さ3〜4mm(f)、葉の縁は全縁だが(i)、先端部周辺ではやや凸凹しているが、鋸歯があるとは言い難い(j, l)。KOHで封入すると明るい黄色に変わる(k, m)。中肋は葉頂に達し、基部では葉の幅の1/3からそれ以下、中部から上部では葉幅のほぼ1/3で、葉頂付近ではほぼ全域を中肋が占める(j, l)。葉は鞘部がよく発達して、ルーペで見ても他の部分との違いがよく分かる。
葉身細胞は丸みを帯びた方形で(n)、長さ5〜12μm、厚膜で平滑(n)。鞘部の細胞は方形で透明、薄膜で大きく、長さ25〜30μmに及ぶ(m)。葉の断面で中肋には明瞭なガイドセルがあり、腹面の側にステライドがある。この様子は葉の上部(o)、中央部(p)、下部(q)でもほぼ同様。葉身細胞は葉の先端部でも単層で2細胞の厚みをもった部分はみられない。茎の断面で中央部の細胞は薄膜で大きく、中心束などは見られない。
シッポゴケ科 Dicranaceae の蘚類と思われるが、保育社と平凡社の検索表からは、どの属に落ちるのかよくわからない。朔を観察できないのが致命的に感じる。最も近いと思われるのがコブゴケ属 Onchophorus のように感じる。過去に何度か見てきたチジミバコブゴケ O. crispifolius に近いように思われるのだが、葉の断面で葉身細胞が二層になったものを見つけられなかった。さらに、中肋の幅が葉の基部でやや太すぎるようにも思える。
あるいはコブゴケ属ではないのかもしれない。いま現在の判断能力ではこれ以上のことは分からない。標本の種名のところにはDicranaceae シッポゴケ科とだけ記して保管した。
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