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[標本番号:No.68   採集日:2007/01/07   採集地:栃木県、栃木市]
[和名:ギボウシゴケモドキ   学名:Anomodon minor ssp. integerrimus]
 
2007年1月11日(木)
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
 日曜日に歩いた栃木県満願寺周辺で、林道脇の石灰岩壁にリボンゴケと隣接してやや暗緑色のコケが出ていた(a, b)。雨の直後だったことや霙混じりの空模様だったこともあり、全般にコケの姿はみな鮮やかだった。二次茎は3〜6cmで、羽状に分岐し、斜上に伸びている(c)。
 濡れている時は、葉を含めた茎の幅は2〜3.5mmほどだが(b)、乾燥すると、葉は茎に密に接して、茎の太さは1mmほどになってしまう(d)。水をかけるとただちに葉は左右水平に広がる(e)。しかし、表面が乾くとたちまち茎を抱くように、葉は閉じてしまう(f)。
 葉はとても丈夫で、その形も独特の姿をしている。葉先は鈍く広がり丸みを帯び(h)、基部は枝を抱くように下延する。一枚だけ取り外すと、基部の広い部分が内側に折れこんでしまう(g)。中肋は葉身より明色で、葉頂までは届かない。
 葉身細胞は方形〜矩形で表面には、全体にわたって小さなパピラが4〜5ほどある(i)。このパピラに邪魔されて、葉身細胞のどこに焦点を合わせても、全体の輪郭を捉えるのはむつかしい。茎と一緒に葉を切り出してみた。中肋と一層からなる葉身細胞の連なりがみえる(j)。しかし、多くの葉では葉身細胞は単層ではなく、2細胞層の厚みをもっている(k)。中肋部付近を拡大するとこれはさらに顕著となる。葉の側面をみてもパピラのすがたは明瞭に捉えられる(l)。
 葉の形状、パピラの様子、分岐の仕方などから、この蘚はキヌイトゴケ属 Anomodon のものだろう。属の検索をたどると、ギボウシゴケモドキ Anomodon minor ssp. integerrimus に落ちる。葉身細胞が2細胞層からなること、石灰岩に出ていることなどを考慮すると、キスジキヌイトゴケの可能性も否定できない。ただ、キスジキヌイトゴケは乾燥してもあまり縮れないとされるから、ギボウシゴケモドキとして間違いなさそうだ。

[修正と補足:2007.12.10]

 
 
(m)
(m)
(n)
(n)
(o)
(o)
(p)
(p)
(q)
(q)
(r)
(r)
 標本No.371をギボウシゴケモドキと同定したので、念のために本標本を再検討した。というのは、No.371の葉は、どの部分でも1層の葉身細胞からなっているからである。本標本のように、2層になった葉はみられなかった。以下再検討の結果である。
 No.68の標本箱から何本かのサンプルを取りだして、水で戻すと、再び鮮やかな緑色がもどってきた(m)。葉の形は卵形の基部から舌状の部分が伸び、全縁で、中肋が葉頂近くまで伸びる。舌状の部分は上下どこもほぼ同じ幅である(n, o)。なお、葉長は1.2〜1.5mm(n)。
 葉身細胞の形態や小乳頭の様子は、先の観察結果と変わらない(i)。これは、標本No.371ともほぼ一致する。大きな違いは葉身を構成する細胞の厚さが何層からなっているかである。先の観察(2007年1月11日)の時は、別の個体から4〜5枚の葉を確認したのだが、今回(2007年12月10)は、10個体くらいから、それぞれ3〜4枚の葉を取り外して、ことごとく横断面を切り出して確認してみた。撮影したのは、5〜6枚だが、検鏡した横断面は60〜80枚くらいだろうか。

 多くの葉では、どの部分を切り出しても、葉身細胞は1層からなる。ただ、一部の葉では、部分的に葉身細胞が2層になっている。その一例をあげた(o)。葉の横断面を構成する中肋(p, q)には、標本No.371同様ステライドがない。また中肋の左右に広がる葉身細胞は1層である。ところが、舌状の部分で濃色の暗い部分の横断面を切り出したところ、葉身細胞は2層からなっていた(r)。先の観察では、葉上半の濃色部分を多く切り出していたようだ。

 図鑑には、石灰岩上などに厚いマットをつくるキスジキヌイトゴケ A. viticulosus という種が掲載されている。この種は「葉面は部分的に2細胞層の厚さがあり」と記されている。石灰岩、部分的に2細胞層というキーワードは一致するが、キスジキヌイトゴケの葉は「乾いてもあまりちぢれず、幅広い卵形の基部から細い舌形にのび、長さ2〜3.5mm、頂部に向かってしだいにせまく」なるとされる。したがって、本種は、当初の同定どおり、ギボウシゴケモドキでよいと思う。