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[標本番号:No.210   採集日:2007/04/29   採集地:栃木県、日光市]
[和名:トカチスナゴケ   学名:Racomitrium laetum]
 
2007年6月5日(火)
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
 4月末、日光の標高1,400m付近で採取したコケはいくつもあったが、やっと最後のひとつとなった。日陰のやや湿った岩壁に群生していた(a, b)。茎は3〜5cmで先の方で不規則に分枝するが、全く枝分かれせずに、一本だけ棒状に伸びたものが多い。乾くと葉が枝に密着するようにすぼんで、全体が紐状となる(c)。
 葉は基部がわずかに丸みを帯びた披針形で(d)、長さ3〜4mm、頂部は微歯をもった平滑な透明尖となっている(e)。基部は褐色で、葉縁は反曲している。葉身細胞は、1層で縦に波打った矩形、長さ12〜20μm、幅5μm前後、細胞膜が不均一に激しく肥厚している。葉の基部では、長さ25〜30μmほどあり(g)、縁には波状に肥厚しない矩形の細胞が8〜12個一列に並ぶ(h)。
 葉の横断面を基部(i)、中程(j)、上部(k)で切り出してみた。いずれの部分でも、葉身細胞は平滑で、葉縁は1層の細胞からなっている。葉の半ばから先の方では、中肋にステライドは見られない。また、茎は中心束をもっていない(l)。

 葉身細胞の壁が波状に波打っていることから、すぐにギボウシゴケ科のシモフリゴケ属だろうと見当がついた。シモフリゴケ属の検索表にあたると、クロカワキゴケ Racomitrium heterostichum に落ちた。平凡社の図鑑には、クロカワキゴケについての記載はない。保育社図鑑をみると観察結果とほぼ一致する。この種には変種がいくつかあるので、それらをMoss Flora of Japanにあたってみた。Racomitrium heterostichum var. heterostichum でよさそうだ。

[修正と補足:2010.03.08]
 識者の方から、No.824No.393No.236、No.210の4点はいずれも「トカチスナゴケのように思えます」とのコメントをいただいた。主たる理由として以下の2点が指摘されている。

  • 「葉身細胞が細長く長さ20μmに達するものが含まれる (クロカワキゴケはせいぜい13μmまで)」
  • 「葉縁基部1列の "細胞壁が波打たない透明細胞" の数が10個前後になっている (クロカワキゴケは0〜6)」

 トカチスナゴケは、Noguchi(Part2 1988)でクロカワキゴケ Racomitrium heterostichum の変種 R. heterostichum var. diminutum として記載されている。Iwatsuki "New Catalog of Mosses of Japan"(2004) では R. laetum のシノニムに落とされている。
 さらに、保育社図鑑(1972)にはクロカワキゴケの解説はあるがトカチスナゴケには全く触れていない。一方、平凡社図鑑(2001)には、トカチスナゴケについてだけ種の解説があり、クロカワキゴケについては検索表に簡略な説明を記してあるだけだ。さらに両図鑑共に、クロカワキゴケやトカチスナゴケについて、葉身細胞の長さや葉縁基部の細胞の縦壁の様子についての記述はない。したがって、この両者の図鑑から明瞭に両種の差異を読み取ることは難しい。そこで、前記のNoguchiをていねいに読むと、この両種について、葉身細胞の長さと、葉縁基部1列の "細胞壁が波打たない透明細胞" の数の違いが浮かび上がるようだ。

(xa)  (xb)クロカワキゴケの葉身細胞の長さは15μmを超えず、葉基部の均一肥厚細胞列を構成する細胞数は3〜6個、トカチスナゴケでは葉身細胞の長さは12〜25μm、葉基部細胞列の細胞数は10〜15個となる。これにしたがって、本標本を含め計4点の標本を再検討してみた。
 

 
 
No.824 (xa1)
(xa1)
(xb1)
(xb1)
(xc1)
(xc1)
(xd1)
(xd1)
(xe1)
(xe1)
No.393 (xa2)
(xa2)
(xb2)
(xb2)
(xc2)
(xc2)
(xd2)
(xd2)
(xe2)
(xe2)
No.236 (xa3)
(xa3)
(xb3)
(xb3)
(xc3)
(xc3)
(xd3)
(xd3)
(xe3)
(xe3)
No.210 (xa4)
(xa4)
(xb4)
(xb4)
(xc4)
(xc4)
(xd4)
(xd4)
(xe4)
(xe4)
 標本を再び引っ張り出して再検討したのは、葉中程の葉身細胞と葉基部の縁に列をなす細胞列の様子だ。ここでは、葉身細胞のサイズや葉縁基部のの細胞列の画像を掲載するだけにして、文字による記載は省略した。No.824とNo.393の葉身細胞は、No.236とNo.210のそれよりずっと長いが、いずれも12μmを超えるものがある(xd1〜xd4)。葉基部縁に見られる一列の細胞列は「細胞壁が波打たない」とは言い難いものもあるが、いずれも6よりもずっと多そうだ(xe1〜xe4)。
 これらの結果を考慮すると、再検討した4標本はいずれも、クロカワキゴケとするよりはトカチスナゴケとしたほうが妥当に思われる。コメントありがとうございます。