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[標本番号:No.236   採集日:2007/05/12   採集地:埼玉県、秩父市]
[和名:トカチスナゴケ   学名:Racomitrium laetum]
 
2007年7月14日()
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
 埼玉県秩父市栃本にある東大演習林を歩いた。沢沿いの水が滴る岩壁に褐緑色のコケが群生していた(a)。茎は軽く垂れ下がったように伸び、長さ4〜8cm、乾くと葉が茎に密着し、湿ると広く開く(d, e)。濡れた部分をルーペでみると、葉先は透明な芒となっている(f)。
 葉は長さ3〜5mm、披針形〜卵状披針形で、中肋が葉先まで達し(g, h)、その先は歯のある透明尖となっている(i)。透明尖の部分には乳頭などはない。葉身細胞は、矩形で長さ8〜30μm、位置によって長さがかなり異なり、いずれも細胞壁が厚く肥厚し、強い波状になっている(j)。
 葉の横断面をみると、細胞壁の厚さがよくわかる(k)。葉身細胞はどの部分を見ても1層である。茎の断面からは、厚膜で小さな表皮細胞があり、中心束を持たないことがわかる(l)。葉先付近の細胞にはわずかな小乳頭のようなものが見られるが、葉の大部分の細胞は平滑である。

 長く太い中肋、波状に肥厚した細胞壁、披針形を基本とした葉形などから、ギボウシゴケ科までは間違いなさそうだ。葉先に透明尖があり、植物体は大型であることからシモフリゴケ属の蘚類だろう。属以下の検索表をたどると、クロカワキゴケ Racomitrium heterostichum にたどり着いた。4月の日光では湿った状態のものしか見られなかったが、今日観察したものは、現地で乾燥状態の部分が多く、見た目の印象はまるで違っていた(標本No.210)。

[修正と補足:2010.03.08]
 識者の方から、No.824No.393、No.236、No.210の4点はいずれも「トカチスナゴケのように思えます」とのコメントをいただいた。主たる理由として以下の2点が指摘されている。

  • 「葉身細胞が細長く長さ20μmに達するものが含まれる (クロカワキゴケはせいぜい13μmまで)」
  • 「葉縁基部1列の "細胞壁が波打たない透明細胞" の数が10個前後になっている (クロカワキゴケは0〜6)」

 トカチスナゴケは、Noguchi(Part2 1988)でクロカワキゴケ Racomitrium heterostichum の変種 R. heterostichum var. diminutum として記載されている。Iwatsuki "New Catalog of Mosses of Japan"(2004) では R. laetum のシノニムに落とされている。
 さらに、保育社図鑑(1972)にはクロカワキゴケの解説はあるがトカチスナゴケには全く触れていない。一方、平凡社図鑑(2001)には、トカチスナゴケについてだけ種の解説があり、クロカワキゴケについては検索表に簡略な説明を記してあるだけだ。さらに両図鑑共に、クロカワキゴケやトカチスナゴケについて、葉身細胞の長さや葉縁基部の細胞の縦壁の様子についての記述はない。したがって、この両者の図鑑から明瞭に両種の差異を読み取ることは難しい。そこで、前記のNoguchiをていねいに読むと、この両種について、葉身細胞の長さと、葉縁基部1列の "細胞壁が波打たない透明細胞" の数の違いが浮かび上がるようだ。

(xa)  (xb)クロカワキゴケの葉身細胞の長さは15μmを超えず、葉基部の均一肥厚細胞列を構成する細胞数は3〜6個、トカチスナゴケでは葉身細胞の長さは12〜25μm、葉基部細胞列の細胞数は10〜15個となる。これにしたがって、本標本を含め計4点の標本を再検討してみた。
 

 
 
No.824 (xa1)
(xa1)
(xb1)
(xb1)
(xc1)
(xc1)
(xd1)
(xd1)
(xe1)
(xe1)
No.393 (xa2)
(xa2)
(xb2)
(xb2)
(xc2)
(xc2)
(xd2)
(xd2)
(xe2)
(xe2)
No.236 (xa3)
(xa3)
(xb3)
(xb3)
(xc3)
(xc3)
(xd3)
(xd3)
(xe3)
(xe3)
No.210 (xa4)
(xa4)
(xb4)
(xb4)
(xc4)
(xc4)
(xd4)
(xd4)
(xe4)
(xe4)
 標本を再び引っ張り出して再検討したのは、葉中程の葉身細胞と葉基部の縁に列をなす細胞列の様子だ。ここでは、葉身細胞のサイズや葉縁基部のの細胞列の画像を掲載するだけにして、文字による記載は省略した。No.824とNo.393の葉身細胞は、No.236とNo.210のそれよりずっと長いが、いずれも12μmを超えるものがある(xd1〜xd4)。葉基部縁に見られる一列の細胞列は「細胞壁が波打たない」とは言い難いものもあるが、いずれも6よりもずっと多そうだ(xe1〜xe4)。
 これらの結果を考慮すると、再検討した4標本はいずれも、クロカワキゴケとするよりはトカチスナゴケとしたほうが妥当に思われる。コメントありがとうございます。