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[標本番号:No.306   採集日:2007/08/22   採集地:山梨県、鳴沢村]
[和名:ホソバミズゴケ   学名:Sphagnum girgensohnii]
 
2007年9月10日(月)
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
 富士山の標高2,000mあたり、船津口登山道脇の斜面に、イワダレゴケセイタカスギゴケに混じって、ミズゴケの仲間が群生していた(a〜d)。小さな群落だけかと思いきや、100m以上にわたって、道脇の斜面下部に群落が断続的に続いていた。
 まずは、いくつかの個体をとりだして、各部のサイズや色合いなどをチェックした(d)。茎の長さは6〜8cm、淡緑色〜緑色で分枝は少ない。次に茎に数本まとまって着いている枝束を取り外して、開出枝と下垂枝の長さなどを比較した(e)。どうやら、一ヵ所から出る枝は4〜6本で、下垂枝が1〜2本あり、開出枝よりも下垂枝の方がずっと長いものが多い。
 茎の表皮細胞に螺旋状の肥厚がないかどうかチェックした。螺旋肥厚はない(f)。茎葉は舌状〜房状で、長さ1〜1.2mm、先端は総状で(g)、上部の透明細胞には膜壁がなく(h)、中央部の細胞は紡錘形で隔壁などはなく、葉縁には葉先近くまで明瞭な舷がある(j)。
 枝葉は卵状披針形で、長さ1〜1.5mm、先端は切頭状でわずかな歯があるようにもみえる(k, l)。葉の中央部が凹んでいる。枝葉の表皮細胞を、最初に背面、次に腹面の順に見た。水で封入して観察した後、赤インク(サフラニン)で表皮細胞を染めてみた。
 
 
 
(m)
(m)
(n)
(n)
(o)
(o)
(p)
(p)
(q)
(q)
(r)
(r)
(s)
(s)
(t)
(t)
(u)
(u)
(v)
(v)
(w)
(w)
(x)
(x)
 枝葉背面(k)の表皮細胞を、上部(m)、中央部(n)でみた後、赤インクで染色して再度中部の表皮細胞を確認した(o)。背面中央部の透明細胞の縁には、楕円形〜半月形の貫通する孔が連続して並ぶ。腹面の表皮細胞(l)には、葉の上部にこそ孔が豊富にみられるが(p)、中央部にはあまり明瞭な孔はない(q, r)。
 茎はやや褐色を帯びて簡単に折れる。横断面をみると、表皮細胞は3層の大型薄膜細胞からなる(s)。矩形の細胞表面には時に1つの孔がある(f)。それに対して、枝の横断面をみると、表皮細胞は1層(t)。枝から葉をはずして表面をみると、上部にレトルト状の孔があいた長方形の細胞が並ぶ(w, x)。水と赤インクとの両者で確認している。
 枝の表皮や横断面を確認したのち、枝葉の横断面を切り出して、透明細胞と葉緑細胞との相互関係をみた。枝葉の横断面をみると、葉緑細胞は楕円形〜台形で、腹背両面に開いており、どちらかというと、こころもち腹面に広く開いている(u, v)。

 これまでは、詳細な検鏡写真はあまり載せなかったが、今朝はミズゴケ類を観察するときにやっていることを、しつこくに写真と一緒に載せてみた。ここで、平凡社の検索表をたどると、スギバミズゴケ節に落ちる。その経緯メモしてみた。

 茎や枝の表皮細胞に螺旋状肥厚がないから、ミズゴケ節ではない。次に、枝葉の横断面で、葉緑細胞が背腹両面に開いていることから、キレハミズゴケ節でもキダチミズゴケ節でもない。葉緑細胞が背腹両面に開いていて、枝葉の透明細胞の背側の孔は中型で少数であることから、ユガミミズゴケ節ではない。また、枝葉は乾燥しても葉縁が波打つことはなく、葉緑細胞の底面は腹側にあるから、ハリミズゴケ節ではない。また、茎葉はさほど大きくなく、葉緑細胞は樽型ではないから、ウロコミズゴケ節ではない。残るのはスギバミズゴケ節だ。
 そこで、スギバミズゴケ節の検索表をたどると、茎葉は舌状で先端がささくれ、上半部まで舷があり、茎葉の細胞は側壁しか残っていないことから、ホソバミズゴケかチャミズゴケに絞られる。チャミズゴケの茎は黒褐色で表皮細胞には孔はほとんどないとされるから、残るはホソバミズゴケだけとなる。ホソバミズゴケについての記述をみると、観察結果とほぼ一致する。平凡社の図鑑には、ホソバミズゴケは、「亜高山帯の森林の林床、林縁の腐植土上に生育」とある。