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[標本番号:No.421   採集日:2008/04/20   採集地:栃木県、鹿沼市]
[和名:ヒラハイゴケ   学名:Hypnum erectiusculum]
 
2008年5月29日(木)
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
 久しぶりに蘚類を観察する時間がとれた。4月20日に栃木県鹿沼市で採取したコケが、まだ何種類もずっと放置したままになっている。そのうちの一つ、標高210mあたりの林道脇で、日陰の腐植土から出ていた蘚類を観察した(a, b)。
 茎ははい、長さ2〜3cm、不規則に分枝し、長さ5〜12mmの枝をだし、枝は扁平気味に葉をつけ、葉を含めた幅は1.2〜1.5mm、乾燥しても湿っていても姿はあまり変わらない(c〜f)。長さ3〜4cmの柄をもった朔をつけていたが、すべて未成熟だった。
 地をはう主茎には葉は少ない。枝葉は、二次茎の葉と似た形で、枝葉は長さ1.8〜2.2mm、広い披針形〜広卵形で、漸尖して葉先はやや尖る(g, h)。葉頂付近の縁には微歯があり(j)、翼部はわずかに細く下延する(i)。中肋は二叉して短いか、ほとんど不明瞭。
 葉身細胞は線形で、葉の大部分では長さ50〜80μm、幅4〜6μm、基部近くでは長さ40〜65μm、幅5〜8μm(k)、葉先付近では長さ20〜35μm、幅4〜6μm(j)、翼部には方形で薄膜大形の細胞が並び、下延部は透明で細長い細胞となる(i, l)。いずれも表面は平滑。
 
 
 
(m)
(m)
(n)
(n)
(o)
(o)
(p)
(p)
(q)
(q)
(r)
(r)
 茎の横断面で、表皮細胞は大形で薄膜(m, n)、中心束の有無ははっきりしない(o)。葉の基部近くで横断面を切ってみると、中肋部は2層の厚みをもっている(p)。仮根の表面は平滑にみえる(q)。未成熟な朔は、円筒形で非相称、傾いて湾曲し、蓋には短い嘴状の突起がある。乾燥した朔には縦に弱いシワがみられる(r)。気孔の有無はわからなかった。

 植物体の形態から、ツヤゴケ科、サナダゴケ科、ナワゴケ科、ナガハシゴケ科、ハイゴケ科などを考えた。朔が直立相称ではないので、ツヤゴケ科ではなさそうだ。サナダゴケ科の検索表をたどると、観察結果と合致するものがない。偽毛葉はみられず、仮根にパピラもないので、ナワゴケ科でもなさそうだ。翼部が明瞭に分化しているとは言い難いので、ナガハシゴケ科も考えにくい。ナガハシゴケ科の検索表からは、観察結果と一致する属に遭遇できなかった。
 残るのはハイゴケ科となる。検索表をたどると、ツヤイチイゴケ属 Herzogiella に落ちる。平凡社の図鑑では、この属には「日本産3種」とある。検索表からはツクモハイゴケ H. turfacea が残った。観察結果の解釈には自信がないが、とりあえずツクモハイゴケではないかと思う。

[修正と補足:2008.06.04]
 識者の方から、「ツクモハイゴケではないように思います」「ヒラハイゴケ Hypnum erectiusculum に似ているような気がします」とのご指摘をいただいた。ツクモハイゴケは「葉先が鋭く毛尖状にとがり,先端は針状の 1細胞からなる。葉の全周に疎 らだが明瞭な歯牙が出る」という特徴があるとのご教示もいただいた。
 

 
 
(s)
(s)
(t)
(t)
(u)
(u)
(v)
(v)
(w)
(w)
 あらためて、枝葉の鋸歯、先端付近の様子、偽毛葉の形態などを中心として再検討を加えてみた。新たに葉を外して観察した(s)。葉縁の鋸歯は、先端付近にしかなく、大部分は全縁である。さらに、葉頂は「針状の一細胞からなる」ような細いものではない(t)。
 ついで、枝分かれをする部分を中心として、7〜8ヵ所で偽毛葉の有無などを確認した(u〜w)。偽毛葉は高い頻度で存在し、やや幅広の葉の様な形から細紐状のもの等がみられた。再検討の結果は、ヒラハイゴケ Hypnum erectiusculum を示唆している。

 なぜ、ヒラハイゴケをツクモハイゴケと誤ったのか、振り返ってみた。平凡社の図鑑を最初の手がかりとしたが、そこで、ハイゴケ科の検索表(p.211〜212)の適用を誤っている。「F. 葉は鎌形に湾曲することはない」という枝を選んでいる。一目見れば、葉が鎌形に湾曲していることは明瞭である(e)。このため、ハイゴケ属にはたどり着けず、ツヤイチイゴケ属に行ってしまった。ここで、観察結果を適切に判断していれば、ハイゴケ属にたどり着いたことだろう。
 ハイゴケ属の検索表では、茎の表皮細胞の分化の案配で大きく分かれている。そこで、「A. 茎の横断面で表皮細胞は大形、透明でよく分化し、外側の壁は薄い」を選ぶと、エゾハイゴケ、ヒラハイゴケなどのグループしか残らない。
 この仲間については、かつてNo.88(ヤマハイゴケ H. subimponens ssp. ulophyllum)、No.295No.230(エゾハイゴケ H. lindbergii)を観察している。いずれも、適切な判断ができずに、識者の方々から指摘を受け、再検討してやっと種名にまでたどり着いた経緯がある。
 ご指摘と適切なコメントありがとうございました。