HOME  観察覚書:INDEX back


[標本番号:No.447   採集日:2008/06/24   採集地:東京都、奥多摩町]
[和名:チジレゴケ   学名:Ptycomitrium sinense]
 
2008年7月30日(水)
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
 6月24日に奥多摩で、湿った石灰岩壁に小さな群落を作るコケを採集した(a)。乾燥すると、ハマキゴケのように葉が管状になって強く巻縮した(b, c, h)。湿った時と乾燥したときの状態をいくつか比較してみた(b, c: d, g: h)。茎は長さ10〜15mm、わずかに分枝する(b)。
 葉は、長い卵形の基部をもった披針形で、長さ2.5〜4mm、乾くと内曲して管状となり、葉縁は全縁、太い中肋が葉頂に達する(e, g, i)。KOHに浸すと黄色になる(f)。葉を検鏡するために水で封入してカバーグラスをかけたが(g)、20分ほど放置しているうちに、すっかり水が蒸発して、葉は管状となって丸まっていた(h)。葉の上半部はやや暗く、基部近くは透明で明るい(i, j)。
 葉身細胞は、方形〜類円形ないし楕円形で、長さ8〜12μm(l)、葉頂付近では、暗くて形がはっきりしない(k)。明るい透明な基部では、矩形の大きな細胞が並ぶ(m)。
 
 
 
(m)
(m)
(n)
(n)
(o)
(o)
(p)
(p)
(q)
(q)
(r)
(r)
(s)
(s)
(t)
(t)
(u)
(u)
(v)
(v)
(w)
(w)
(x)
(x)
 葉の横断面を数ヶ所から切り出した(o)。葉の上半部では、葉身部は2細胞層の厚みがあるが(n)、下半部では1細胞層となる(o, w)。中肋には背腹両面にステライドがある(p)。茎の横断面をみると、中心束があるように見え(r)、表皮細胞はやや小さめの細胞が並ぶ(q, r)。
 朔はすでにほとんど崩れはじめていて、蓋や朔歯の様子ははっきりわからない(s)。朔の開いた部分をよくみると、朔歯があることは間違いなさそうだ(t, u)。胞子は球形で、径12〜15μm、無性芽のようなものは見つからない。あらためて、何ヶ所かで葉の横断面を切って、葉身細胞を確認してみた。背側は平滑で平面的だが、腹側は何となく凸状に見えるものが多い(w)。また、あらためて葉身細胞をよくみると、緑色球状のものが数個ずつ入っているかのように見える(x)。

 茎が直立し、葉が披針形、中肋の横断面にステライドがあり、葉身細胞は方形、葉の基部付近が透明、石灰岩上に着生する、などからセンボンゴケ科 Pottiaceae の蘚類だと思う。平凡社の図鑑で、センボンゴケ科の検索表をたどると、ハマキゴケ属 Hyophila とセンボンウリゴケ属 Timmiella のグループにたどり着く。
 ハマキゴケ属には朔歯がない。したがって、センボンウリゴケ属の確率が高い。センボンウリゴケ属についての解説を読むと、日本産1種となっていて、センボンウリゴケ T. anomala だけが掲載されている。その解説には、「葉縁は平坦で上〜中部に明瞭な鋸歯がある」と書かれている。また、葉身細胞は「腹面側で著しく膨れ、背面側で平坦とある。これは、観察結果とは違う。センボンゴケ科の他の属には、観察結果を満たす属が見あたらない。
 もしかしたら、センボンゴケ科ではないのかもしれない。近縁の科の蘚類の解説をいろいろ読んでみたが、観察結果と近い属を見つけることができなかった。とりあえず、現時点では仮にセンボンウリゴケ属ということにした。たぶん、大きな勘違いをしているのだろう。

[修正と補足:2008.07.30 pm7:20]
 識者の方から、「チヂレゴケ Ptychomitrium sinense によく似ています」とのご指摘をいただいた。平凡社図鑑にはチジレゴケについては、解説がない。そこで、保育社の図鑑とNoguchi "Moss Flora of Japan" をみると、観察結果とよく合致する。センボンゴケ科と思いこんで、それににとらわれたために誤同定に陥ったものと考えられる。再度いろいろな形質状態を確認して、あらためて、チジレゴケと修正した。ご指摘ありがとうございます。
 

 
 
(0)
(0)
(1)
(1)
(2)
(2)
(3)
(3)
(4)
(4)
(5)
(5)
 さきに観察したシナチジレゴケ P. gardneri の場合にも確認したが、チジレゴケ属であれば、「雌雄同株(異苞)。雄花序は胞子体の基部の鞘から生じた小さな枝の先端につき、雌苞葉に隠れる」という特徴があるとされる。そこで、いくつかの朔の基部を露出して(0)、そこに雄花序のあることを確認した(0〜5)。多くの朔の基部に雄苞葉に包まれた雄器がみられた。