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[標本番号:No.598   採集日:2009/03/08   採集地:栃木県、栃木市]
[和名:コカヤゴケ   学名:Rhynchostegium pallidifolium]
 
2009年3月13日(金)
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
(a, b) 植物体、(c) 湿時、(d) 乾燥時、(e) 茎葉、(f) 枝葉、(g) 茎葉先端、(h) 茎葉の葉身細胞、(i) 茎葉の翼部、(j) 茎葉横断面、(k) 茎葉の中肋 、(l) 朔柄上部

 栃木県の神社(alt 200m)で日当たりの良い樹幹基部に、明緑色の柔らかい感じの蘚類が小さな薄い群れをつくっていた(a)。黄褐色の朔柄がわずかに残っていたが、朔は失われていた(b)。茎は這い、不規則に長さ3〜5mmの枝を出す。枝は密に葉を展開してつける。葉を含めた枝の幅は3mm程度で、乾湿で姿にほとんど変化はない(c, d)。
 茎葉は広卵形〜卵状披針形で、長さ1.5〜2mm、葉先は細くなって長く尖り、しばしば先端付近で捻れる(e)。葉縁は全周にわたって微細な歯があり、弱い一本の中肋が葉の中程で消える。翼部はやや下延し、多くは左右非相称。茎葉に縦しわなどはみられない。枝葉は、枝先の葉こそ小さいが、枝の中央から基部の葉は形も大きさも、葉身細胞の様子も含めて、茎葉とあまり変わらない。枝葉は、多く左右相称で、茎葉と比較して下延部はやや小さい。
 葉身細胞は線形で、長さ80〜100μm、幅8〜10μm、平滑で薄膜(h)、翼部は明瞭な区画をつくり、幅広で短い矩形の細胞が並ぶ(i)。葉の横断面をみると、薄膜の細胞と弱い中肋がみられる(j)。茎や枝の横断面には弱い中心束があり、表皮には小さな細胞が並ぶ(k)。
 採取した標本には朔柄が残っていたので、表面の様子を観察したが、上部から基部までのすべての表面は平滑であった。なお、茎や枝に毛葉はなく、葉の中肋背面尖端は平滑。

 アオギヌゴケ科 Brachytheciaceae の蘚類だと思う。平凡社図鑑で属への検索表をたどると、アオギヌゴケ属 Brachythecium に落ちる。属から種への検索表をたどると、解釈のしかたにもよるが、いくつかの候補が残る。アラハヒツジゴケ B. brotheri、クロイシヒツジゴケ B. kuroishicum、ハネヒツジゴケ B. plumosum、等々。
 アラハヒツジゴケには朔柄全面に乳頭があり、ハネヒツジゴケには朔柄上半部に乳頭があるとされるから、これらは排除できる。クロイシヒツジゴケは、枝葉を密に覆瓦状につけ、茎葉に縦じわがあり、葉縁は全縁というから、これとも違うようだ。
 平凡社図鑑に掲載されたほかのアオギヌゴケ属の解説を読んでも、観察結果と符号するような解説はみられない。Noguchi (Part4 1991) を見ても、しっくりくる種が読み取れない。アオギヌゴケ属ではないのだろうか。あるいは、何か大きな見落としをしているのだろうか。

[修正と補足:2009.03.18 am]
 識者の方から「カヤゴケ属 Rhynchostegium のようです。コカヤゴケ R. pallidifolium と思うのですが」若干の疑念がある、とのご指摘をいただいた。
 先に検討したときに、アオギヌゴケ科の検索表をたどるにあたって、朔がないため蓋の様子がわからない。そこで、アオギヌゴケ属と併せてカヤゴケ属も検討した。カヤゴケ属ならばコカヤゴケだろうと思い、発生環境と観察データを検討した。かつて全くの初心者の時にコカヤゴケと同定した標本No.13があったので、これとも比較した。そして次のような結果を得た。

  1. 茎葉と枝葉とに、大きさと形にほとんど違いがない
  2. 茎葉が小さすぎる
  3. 葉身細胞の縦横比がちょっと違う
  4. 発生環境が「日向の樹幹」である
 上記の結果から、早めにコカヤゴケの可能性は除外した経緯があった。そこで、新たに、同一標本の別の個体からいくつかの茎葉と枝葉とを取り外して再度観察してみた。
 
 
 
(ma)
(ma)
(mb)
(mb)
(mc)
(mc)
(md)
(md)
(me)
(me)
(mf)
(mf)
(mg)
(mg)
(mh)
(mh)
(mi)
(mi)
(mj)
(mj)
(mk)
(mk)
(ml)
(ml)
(ma) 茎葉、(mb〜md) 枝葉、(me) 一本の茎:乾燥時、(mf) 一本の茎:湿時、(mg) 茎葉先端、(mh) 茎葉上部、(mi) 茎葉下部、(mj) 枝葉上部の縁、(mk) 枝葉中央の葉身細胞、(ml) 枝葉中央の縁

 茎葉は長さ1.2〜1.8mm、枝葉と比較すると、中央部の幅がやや広い卵形をしている。茎葉と枝葉の大きさは、ほぼ同じくらいであり、茎葉が枝葉より大きいとは言い難い。低倍率で見ると、葉の表面がざらついて見えるが(ma〜md)、これは光の屈折のいたずらのようだ。茎葉も枝葉もともに、葉の縁は全周にわたって微歯がある。
 茎葉の葉身細胞は枝葉の葉身細胞とほとんど同一で、葉の上部の縁では長さ80〜90μmだが、葉の大半の葉身細胞では長さ100〜150μmで、いずれの部分でも幅は8〜10μmほどだ。ここでは、茎葉の葉身細胞画像は省略して、枝葉のものだけを掲載した(mj〜ml)。

 確かに、このNo.598はアオギヌゴケ属とするよりカヤゴケ属とする方が適切のように思える。平凡社図鑑(2001)や Noguchi(Part4 1991) でカヤゴケ属の検索表をたどる限り、コカヤゴケとなる。ただ、コカヤゴケとすると、発生環境が「日陰の岩上」ではなく日向の樹幹基部であり、茎葉が小さく枝葉との差異があまりない、葉身細胞の幅がやや広いなど、典型的なコカヤゴケからはやや外れている。
 一方、再検討した標本No.13はコカヤゴケでよさそうだ。本標本は、乾燥標本の外見からはNo.13とは別種のように見える。コカヤゴケの変異の範囲なのかもしれないが、ここでは、カヤゴケ属と修正することにした。
 ご指摘ありがとうございます。

[修正と補足:2009.03.18 pm]
 この標本は、典型的なものではないようだが、コカヤゴケ R. pallidifolium としてよさそうだとの確信を得たので、朝令暮改の修正をすることにした。