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[標本番号:No.607   採集日:2009/03/14   採集地:三重県、大紀町]
[和名:ナガスジハリゴケ   学名:Claopodium prionophyllum]
 
2009年3月27日(金)
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
(a) 石灰岩壁の植物体、(b) 乾燥時、(c) 湿時、(d) 乾燥時、(e) 湿時、(f) 茎葉と枝葉、(g) 枝葉、(h) 枝葉の葉身細胞:輪郭部に合焦、(i) 同前:突起部に合焦、(j) 枝葉の縁、(k) 枝葉の先端、(l) 枝葉の翼部

 三重県大紀町で、林道脇の石灰岩壁についた蘚類を採集した。現地でルーペでみたところハリゴケ属 Claopodium の蘚類だと思われた。もし、ナガスジハリゴケ C. prionophyllum だとしたら、矮雄 dwarf male を観察できるのではあるまいかと思って少量採集してあった。
 葉や茎などを観察した結果は、ナガスジハリゴケとしてよいのではないかと思う。採集した標本が少なく、そのいずれもが泥汚れがひどいものだったこともあり、葉の横断面切り出しは泥との闘いとなった(m, n)。標本を半日ほど水没させると、枝や葉面はかなりきれいになった(o)。
 
 
 
(m)
(m)
(n)
(n)
(o)
(o)
(m) 枝葉の中肋横断面、(n) 枝葉の横断面、(o) 茎と枝:毛葉や偽毛葉はない

 実体鏡を使って数時間、矮雄を探したが結局今回もまた見つからなかった(標本No.594)。前回採集したナガスジハリゴケは2009年2月に埼玉で朔を伸ばしていたものだ。今回の標本No.607を採集した群には朔をつけた個体はひとつもなかった。ナガスジハリゴケの矮雄は一定の季節にしかみられないのだろうか。

[修正と補足:2009.03.30]
 このNo.607をアップした3月27日に、識者の方から「コメバキヌゴケ Haplocladium microphyllum のように思われます。ナガスジハリゴケではなさそうです」とのコメントをいただいた。そこであらためて再検討してみた。新たに追加した画像は下記の(aa)〜(af)。
 なお、茎の大部分は泥汚れがひどく、葉も崩れて観察困難な個体が多かった。典型的な茎葉は崩れて撮影には耐えなかった。下記に撮影した部位は、茎でも根元からかなり遠くに位置し、枝に近い太さのものだ。
 

 
 
(aa)
(aa)
(ab)
(ab)
(ac)
(ac)
(ad)
(ad)
(ae)
(ae)
(af)
(af)
(aa) 石灰岸壁の群落、(ab) 茎と枝、(ac) 茎:先端近くで細いもの、(ad) 葉を取り除いた茎と枝、(ae) 葉を取り除いた茎、(af) 茎の横断面

 平凡社図鑑と Noguchi (Part4 1991) を参照して、Claopodium (ハリゴケ属) とHaplocladium (コバノキヌゴケ属) 両者の配偶体での相違点を抽出すると以下のようになる。

 ハリゴケ属コバノキヌゴケ属
茎や枝の毛葉ないか、あっても少数多くの毛葉で覆われる
茎葉と枝枝葉は茎葉より細い枝葉はふつう小型
葉身細胞の壁 ―薄膜
茎や枝の横断面中心束は不明瞭 ―
茎葉の縁serrate or crenatecrenulate, serrulate or almost entire

 次いで、ナガスジハリゴケ (C. prionophyllum)とコメバキヌゴケ (H. microphyllum)の配偶体についての記述を比較してみると、以下のように読み取れる。最下行に、過去に採取・同定した両種の観察記録の標本番号を加えた。

 ナガスジハリゴケコメバキヌゴケ
分枝についてやや羽状密に不規則な羽状
茎や枝の表面表面は平滑枝分かれした毛葉がまばらにつく
枝葉小さくて披針形小型で広披針形
葉身細胞の壁 ―薄膜
葉身細胞方形〜六角形で角張る方形〜六角形
胞子体胞子体は非常にまれよく朔をつける
発生環境石灰岩状に生える地上、腐木上、木の根元などに生える
過去の標本No.69No.161

 新たに追加した画像を考慮に入れ、過去の標本とも比較してみた結果は、コメバキヌゴケとするよりも、ナガスジハリゴケとする方に分があるように思える。典型的なものからはかなり外れているようだが、とりあえずナガスジハリゴケのままとしたい。
 ご指摘くださった方には、新たに検討する機会を与えて頂いたことを感謝します。

[修正と補足:2009.03.31]
 識者の方からの指摘は、この標本(No.607)についてのものではなく、標本No.594についてのものだった。私の早とちりであったが、結果としては、ハリゴケ属とコバノキヌゴケ属について再確認することができ、気になっていたNo.594を再検討し、誤りを訂正することができた。