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[標本番号:No.614   採集日:2009/03/16   採集地:愛知県、新城市]
[和名:オオミズゴケ   学名:Sphagnum palustre]
 
2009年4月13日(月)
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
 愛知県新城市作手町には県の天然記念物として保護される長ノ山湿原がある。先月その湿原を見学したあと、さらに上流の杉植林地で杉の葉から出る菌核菌を探索した。きのこ観察の合間に、ふと脇の小沢を見ると、いろいろな色のミズゴケが小さな群落を作っていた(a〜f)。
 茎をルーペでみる程度では、茎や枝の表皮の螺旋状肥厚はよくわからなかったが、いずれも葉がボテっとした感じで、ミズゴケ節 Sect. Sphagnum の種だろうと思った。各色の個体(c〜f)を数本ずつ持ち帰った。帰宅後に観察した結果はすべてがオオミズゴケ S. palustre だった。
 過去に何度も取り上げている種なので、オオミズゴケと分かった時点で、観察覚書には掲載せず標本箱にしまった。やはり、その前日三重県の休耕田跡で採集したミズゴケも、やはりオオミズゴケだったのでアップせずに標本箱にしまった。しかし、後日の参考のために、先日のウロコミズゴケ(No.620)と同じく、観察結果についての詳細な記述はせずに、撮影した検鏡写真だけをアップしておくことにした。検鏡図の掲載はそれだけでも意味があると思う。

 図鑑やモノグラフには詳細な描画イメージによる検鏡図はあるが、検鏡写真を載せたものはほとんどない。描画イメージ(顕微鏡観察図)とは、微動ノブで合焦位置を上下しながら観察し、全体像を頭の中で組み立て、それを一枚の描画として表現したものだ。
 高倍率になるほど合焦深度が浅くなるので、焦点のあった部分だけしか見えない。たとえばホンシノブゴケの葉身細胞のように、大きな歯牙状突起を持ったものでは、合焦位置の異なる画像を別々に撮影したり、ヒロハヒノキゴケの葉縁の二重の歯を表現するのに、撮影方法に工夫をこらさないと、うまく表現できないことになる。
 したがって、実際に光学顕微鏡でミクロの姿を覗いても、図鑑にあるような描画イメージが見えるわけではない。それに近い姿が見えるだけだ。SEM(走査型電子顕微鏡)でも使わないかぎり深い焦点深度の画像は得られない(「きのこ雑記」→「今日の雑記:2006.6.19」)。だから、光学顕微鏡で全体像を掴むためには、微動ノブで対物レンズを上げ下げしながら観察する必要がある(「きのこ雑記」→「きのこの話題」→「顕微鏡の焦点深度」)。
 

 
 
(g)
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(h)
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(i)
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(j)
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(k)
(k)
(l)
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(m)
(m)
(n)
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(o)
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(p)
(p)
(q)
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(r)
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(s)
(s)
(t)
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(u)
(u)
(v)
(v)
(w)
(w)
(x)
(x)
(y)
(y)
(z)
(z)
(aa)
(aa)
(ab)
(ab)
(ac)
(ac)
(ad)
(ad)
(g) 乾燥標本、(h) 開出枝と下垂枝、(i) 茎の表皮細胞、(j, k) 茎表皮細胞の螺旋状肥厚、(l) 茎の横断面、(m) 枝の表皮細胞、(n) 枝の横断面、(o) 茎と茎葉、(p) 茎葉と枝葉、(q) 茎葉、(r) 茎葉の先端部、(s) 茎葉背面上部、(t) 茎葉背面中央、(u) 茎葉横断面、(v) 開出枝の葉、(w) 枝葉背面上部、(x) 枝葉背面中央、(y) 枝葉腹面上部、(z) 枝葉腹面中央、(aa, ab) 枝葉の横断面、(ac) 枝葉背面上部、(ad) 枝葉腹面上部

 図鑑によれば、ミズゴケ節のものには、茎や枝の表面に「細い螺旋状肥厚」があるとされる。光学顕微鏡で見ると、対物4〜10倍といった低倍率でも、確かに螺旋状の線を見ることができる。しかし、対物20〜40倍に倍率を上げてじっと目をこらしてみても、この螺旋状の線が、果たして肥厚なのか溝なのかは、やはりよくわからない。微動ノブを操作しながら、合焦位置を少しずつずらすと、肥厚なのか溝なのかは分かるが、一枚の写真だけでそれを表現することはできない。そこで、油浸対物100倍で撮影してみた(j, k)。よく見ると、螺旋状の線は他の面からわずかに突出していることがわかる。対物100倍にもなると焦点深度が非常に浅くなるが、ごくごくわずかに微動ノブを動かすだけで、螺旋状の部分が溝なのか突起なのか、非常によくわかる。しかし、それらの一部を撮影すると、やはり溝なのか突起なのかわかりにくい。
 また、久しぶりにサフラニンで染色しない状態で、開出枝上部の透明細胞を背面(ac)と腹面(ad)で撮影した。双子孔や三子孔、糸などの様子は、水で封入しただけでもよくわかる。しかし、孔の縁が厚いか薄いか、孔が偽孔なのか否か、といった細かな点になると、サフラニンで染色したものをじっくり観察しないとやはりよく分からない。