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[標本番号:No.632   採集日:2009/04/27   採集地:栃木県、日光市]
[和名:シダレヤスデゴケ   学名:Frullania tamarisci ssp. obscura]
 
2009年4月29日(水)
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
(a) 樹幹の植物体、(b) 植物体、(c) 採取標本、(d) 乾燥標本腹面 、(e) 背面、(f) 腹面

 奥日光で道路脇の広葉樹の幹に赤褐色の苔類がビッシリついていた(a)。ルーペで見るとヤスデゴケ科 Frullaniaceae らしく、鈍い金属光沢がある(alt 1350m)。茎は長さ2〜4cm、側面から数回平面的に分枝し羽状になる(c)。乾燥すると葉を腹側に丸める(d)。葉(背片)を倒瓦状につけ、腹片は小さく棍棒型の袋状で、腹面には腹葉も見られる(e, f)。
 
 
 
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
(m)
(m)
(n)
(n)
(o)
(o)
(p)
(p)
(q)
(q)
(r)
(r)
(g, h) 背片と腹片、(i) 背片の眼点細胞、(j) 背片の葉身細胞、(k) 背片葉身細胞の油体、(l) 背片眼点細胞の油体、(m, n) 腹葉、(o) 腹葉の葉身細胞、(p) 腹片、(q) 腹片の葉身細胞、(e) 茎の横断面

 背片は卵形で、長さ0.8〜1.5mm、全縁、基部は耳状、葉先は円頭〜丸頭で弱く尖る。しかし、鋭頭といえるものはない。いずれの背片にも基部から葉先に向かって赤色の眼点細胞が1列ないし2列に、15〜20個並ぶ。背片の葉身細胞は、丸みを帯びた多角形で、長さ10〜25μm、細胞壁は比較的厚いが、トリゴンは小さい(j)。油体は1細胞あたり4〜8個あり、類球形〜楕円形で、微粒子の集合体のように見える(k, l)。
 腹片は茎に対してやや傾き、棍棒状の円筒形で、長さは0.2mm前後で、幅の1.6〜2倍。腹片の傾きは、茎側に傾いたものもかなりあるが、多くは茎と反対側に傾く。背片とつながる部分はきわめて細く、小葉状〜紐状をなしたものも見られる。腹片の葉身細胞は、背片とはやや異なりゆがんだものが多い(q)。
 腹葉は楕円形で、長さ0.2〜0.5mm、茎径の1.5〜2.5倍、全縁で葉先が2裂する。葉先の切れ目は浅く葉長さの1/5〜1/4で、基部はやや耳状となり仮根がでている(m, n)。複葉の葉身細胞は背片のそれよりやや小さい(o)。茎の横断面をみると組織の分化はほとんど無く、全体がやや肥厚した細胞からなる(r)。

 背片が全縁であることからヤスデゴケ属 Frullania だろう。平凡社図鑑の検索表をたどると、シダレヤスデゴケ F. tamarisci ssp. obscura、イワツキヤスデゴケ F. iwatsukii とアオシマヤスデゴケ F. aoshimensis が候補に残る。アオシマヤスデゴケの腹葉は1/2まで切れ込み、基部は下延せず、長さは幅より長く、千葉県以南の常緑樹林帯で樹幹や枝に着生するというから、これは観察結果と異なる。
 残るのはシダレヤスデゴケとイワツキヤスデゴケだが、図鑑にはイワツキヤスデゴケについての解説はない。ただ、検索表によれば、両者には以下のような相違点があるとされる。

 シダレヤスデゴケイワツキヤスデゴケ

葉先の形状尖る円頭
腹片の傾き茎と反対側へ傾く茎側へ傾く
分布全国に普通長野県に希産

 イワツキヤスデゴケについての文献が手元になく詳細が分からないので、ここでは、とりあえず本標本をシダレヤスデゴケとして取り扱っておくことにが、イワツキヤスデゴケの可能性も否定できない。かつて、シダレヤスデゴケと同定した標本(No.226No.201)では、いずれも背片の先端は鋭く尖り内曲しており、本標本の背片とは明らかに異なる。ただ、腹片の形と傾き方向、腹葉の形はおおむねシダレヤスデゴケ説を支持している。