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[標本番号:No.648   採集日:2009/05/23   採集地:栃木県、日光市]
[和名:ヒナミズゴケ   学名:Sphagnum warnstorfii]
 
2009年5月25日(月)
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
(a) 鶏頂山の枯木沼、(b, c) 植物体、(d) 採集標本、(e) 開出枝と下垂枝、(f) 茎と茎葉、(g) 茎の表皮細胞、(h) 茎の横断面、(i, j) 茎葉、(k) 茎葉の細胞:背面上部、(l) 茎葉の細胞:背面中央

 5月23日に栃木県の鶏頂山を日光市側から那須塩原市側に抜けた。日光市側には休業して廃墟と化したスキー場がある。鶏頂山の登拝口になっている斜面を登っていくと、途中に枯木沼湿原が広がる(a)。すぐ脇はスキー場のリフト乗り場となっている。雨が少なかったせいか、この日は湿原の2/3ほどが草原化しており、クロサンショウウオの乾燥死体もあった。
 オオミズゴケ、ウロコミズゴケ、ホソバミズゴケなど何種類かのミズゴケが群生していたが、もっとも支配的な優占種は、赤紫色をおびた繊細なもので、高層湿原のあちこちで小さな群落をつくっていた(b, c)。
 茎は長さ8〜12cm、枝葉やや密集し、多くは茶褐色〜紫紅色、開出枝に比して下垂枝がやや長く、茎の表皮細胞は矩形で表面に孔はない。茎の横断面で、表皮細胞は4〜5層で、木質部とは明瞭に分化している(d〜h)。
 茎葉は先がやや尖った三角状舌形で、長さ1.0〜1.2mm、葉頂は三角形となってやや尖り、葉縁の舷が葉頂付近にまで達する。舷は葉の下半部で広がる(i, j)。茎葉の透明細胞には、上部まで膜壁があり、背面上部には糸や偽孔がみられ(k)、腹面上部には糸はなく偽孔がみられ(m)、中央から下部の透明細胞では背腹両面ともに糸や偽孔はない(l, n)。茎葉の横断面では葉緑細胞が背腹両面に広く開いている(o)。
 
 
 
(m)
(m)
(n)
(n)
(o)
(o)
(p)
(p)
(q)
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(r)
(r)
(s)
(s)
(t)
(t)
(u)
(u)
(v)
(v)
(w)
(w)
(x)
(x)
(m) 茎葉の細胞:腹面上部、(n) 茎葉の細胞:腹面中央、(o) 茎葉の横断面、(p) 枝の表面、(q) 枝の横断面、(r) 開出枝の葉、(s) 枝葉、(t) 枝葉背面上部、(u) 枝葉背面中央、(v) 枝葉腹面上部、(w) 枝葉腹面中央、(x) 枝葉の横断面

 枝の表皮細胞にはやや首の長いレトルト細胞があり(p)、枝の横断面でレトルトが2〜3列みられる(q)。開出枝の葉は卵状披針形で、長さ0.8〜1.1mm、先端は僧帽状で数個の歯がある(r, s)。下垂枝の葉は開出枝の葉と比較するとやや幅がせまい。枝葉は、先端が反り返ることはなく、枝に対して整然と密についている。
 下垂枝の葉の葉身細胞は開出枝の葉のそれとほぼ同様なので、以下開出枝の葉について記す。枝葉背面上部から中央部の透明細胞には、貫通しない双子孔や三子孔があり(t, u)、葉縁近くの葉身細胞には貫通する孔もある。枝葉上部では双子孔や三子孔の縁がリング状に肥厚している(t)。腹面の透明細胞には糸があり、わずかに偽孔もみられる(v, w)。枝葉の横断面で、葉緑細胞は三角形で腹面側に開き、背面にも達している(x)。枝葉横断面の位置によっては、葉緑細胞は背腹両面に開き、腹面側に広く開いている。

 茎や枝の表皮細胞に螺旋状肥厚がなく、枝葉横断面で葉緑細胞が背腹両面にひらいていることから、ミズゴケ節 Sect. Sphagnum、キレハミズゴケ節 Sect. Insulosa、キダチミズゴケ節 Sect. Rigida は考慮しないでよい。また、枝葉背側の透明細胞に子孔が並ばないからユガミミズゴケ節 Sect. Subsecunda も外してよい。さらに、茎葉の舷が基部で大きく広がっていることや、枝葉横断面での葉緑細胞がタル型ではないから、ウロコミズゴケ節 Sect. Squarrosa も外してよい。枝葉横断面で葉緑細胞が腹側により広く開いていることから、ハリミズゴケ節 Sect. Cuspidata ではなく、スギバミズゴケ節 Sect. Acutifolia のミズゴケということになる。
 平凡社図鑑でスギバミズゴケ節から種への検索表をたどると、ウスベニミズゴケ S. capillifolium var. tenellum とヒナミズゴケ S. warnstorfii とが残る。観察結果の解釈でやや判断に迷うところもあるが、ヒナミズゴケに分があるように思える。というのは、枝葉の先が反り返らないこと、枝葉が茎に整然とつくこと、枝葉背面の孔がリング状に肥厚していることを考慮した。また、先にヒナミズゴケと同定した標本No.552、及びウスベニミズゴケと同定した標本No.637との比較では、ヒナミズゴケにより近いと思われた