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[標本番号:No.736   採集日:2009/10/14   採集地:岩手県、奥州市]
[和名:コメバギボウシゴケ   学名:Schistidium liliputanum]
 
2009年10月26日(月)
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
(a) 植物体、(b) 茎頂の葉の透明尖、(c) 採集標本:乾燥時、(d) 同前:水没時、(e) 葉、(f) 茎下部の葉、(g) 茎上部の葉、(h) 葉の透明尖、(i) 葉身細胞:上部、(j) 同前:中央、(k) 同前:基部、(l) 葉の横断面

 岩手、秋田、宮城の三県にまたがる栗駒山で、登山道脇の日当たりのよい岩に、暗緑色〜暗赤褐色のギボウシゴケ科の蘚類がクロゴケと混生してついていた(alt 1160m)。岩の一隅からは火山の噴気がでていて、その部分だけ暖かかった。ケータイのカメラで撮影した(a)。
 ルーペでみると茎の尖端付近の葉には長い透明尖がある(b)。茎は長さ6〜10mm、枝分かれは少ない。乾燥すると葉が茎に密着するが、湿ると葉を展開させる(c, d)。葉は長さ1.3〜1.8mm、卵状披針形〜狭披針形で、茎下部の葉は透明尖を持たず、茎中部から上の葉には、長い透明尖がある(e〜g)。葉の縁は全縁で、やや反曲する。中肋は一本で葉先に達する。
 葉上部から中央部の葉身細胞は、方形〜多角形、厚壁で平滑、長さ6〜12μm(i, j)。葉縁基部の葉身細胞は短い矩形で、長さ10〜18μm、透明で縦横の壁はほぼ等しく肥厚する(k)。葉の横断面で、中肋にはステライドもガイドセルもない(l)。茎の横断面には中心束はなく、特に表皮細胞は分化せず、表皮がやや厚膜(m)。
 
 
 
(m)
(m)
(n)
(n)
(o)
(o)
(p)
(p)
(q)
(q)
(r)
(r)
(s)
(s)
(t)
(t)
(u)
(u)
(v)
(v)
(w)
(w)
(x)
(x)
(y)
(y)
(z)
(z)
(aa)
(aa)
(ab)
(ab)
(ac)
(ac)
(ad)
(ad)
(m) 茎の横断面、(n) 雌苞葉に沈静する朔、(o, p) 雌苞葉、(q) 雌苞葉の葉身細胞:雌苞葉の中央、(r) 同前:雌苞葉の基部、(s) 雌苞葉の横断面、(t) 朔と朔柄、(u) 朔の帽、蓋、壺、(v) 口環はない、(w) 朔の気孔、(x) 朔の表皮細胞、(y) 蓋を透かして見た朔歯、(z, aa) 朔歯、(ab) 朔歯の基部、(ac) 蓋の表皮細胞、(ad) 帽の細胞

 朔は短いまっすぐな朔柄につき、雌苞葉に沈静する(n)。雌苞葉は他の葉よりずっと大きく、楕円形〜楕円状披針形で、長い透明尖をもち、長さ2.5〜3.5mm(o, p)。雌苞葉の葉身細胞は、葉のそれらと変わらないが(q)、雌苞葉基部の縁の細胞は長方形で長さ30〜45μm(r)。
帽が朔を被っているのは蓋の部分だけで、帽には皺はない。蓋は凸面形で中央に突起がある(t, u)。朔に口環はなく(v)、基部近くには気孔があり(w)、朔壁の表皮細胞は薄壁で矩形〜多角形(x)。朔歯は一重で16枚からなり、披針形で深く二裂するものが多く、表面は微細な乳頭に被われる(y〜ab)。胞子は小さく、径8〜12μm。

 採集した個体の朔は、すでに蓋はなく内部が空となった壺だけが直立したものと、未成熟で蓋を壺から分離できないものばかりだった。また、クロゴケと複雑に入り交じった状態で群れを作っていた。群生していた岩は安山岩や火成岩のようだった。
 平凡社図鑑でギボウシゴケ科の検索表をたどると、朔に口環がなく、帽は蓋の一部のみを被うことからシズミギボウシゴケゾク Scistidium に落ちる。さらに種への検索表をたどると、ホソバギボウシゴケ S. strictum あるいは コメバギボウシゴケ S. liliputanum となる。
 ホソバギボウシゴケは多型で、大きな変異があるとされる。葉先の透明尖をみるとコメバギボウシゴケに分がある。しかし、葉縁基部の細胞の肥厚の具合をみると、ホソバギボウシゴケに分がある。葉の大きさや朔の大きさからはコメバギボウシゴケに分がある。朔の形や大きさはどちらともいえないが、雌苞葉に深く沈生する点はコメバギボウシゴケに分がある。
 以前ホソバギボウシゴケと同定された標本No.289と比較してみた。その結果、本標本はコメバギボウシゴケと考える方が妥当ではないかと考えた。