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[標本番号:No.0861   採集日:2010/04/11   採集地:神奈川県、清川村]
[和名:ヒロハツヤゴケ   学名:Entodon challengeri]
 
2010年4月15日(木)
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
(m)
(m)
(n)
(n)
(o)
(o)
(p)
(p)
(q)
(q)
(r)
(r)
(a, b, c) 植物体、(d) 標本、(e) 乾燥時、(f) 湿時、(g) 茎葉と枝葉、(h) 茎葉、(i) 茎葉の葉身細胞、(j) 茎葉の先端部、(k) 茎葉の翼部、(l) 枝中央部の葉、(m) 枝葉の葉身細胞、(n) 枝葉先端部、(o) 枝葉翼部、(p) 枝葉基部の横断面、(q) 匍匐する茎の横断面、(r) 枝の横断面

 神奈川県東丹沢の本谷川流域でいくつかのコケを採集した。本谷川にかかる塩水橋に車を駐めた(alt 440m)。今朝は橋の直ぐ脇の石垣についていたコケを観察した(a〜c)。遠目には純群落のように見えた小区画だったが、よくみると直立した細長い朔をもつ種の中に、傾いた楕円形の朔をもつ種が複雑に絡み合うように混ざっていた(c)。直立した朔をもつ種に標本No.861を与えていたので、混生していた種には新たにNo.878を与えて別に観察することにした。
 茎は匍い、やや扁平気味に不規則羽状に分枝する。黄緑色を帯びた新しい枝が直立してよく目立つ(b)。枝は葉を含めて幅1〜1.5mm、乾湿であまり姿は変わらない(e, f)。匍う茎についた葉は泥で汚れていたが、枝葉より大きめで、長さ1.8〜2.0mm、卵状楕円形で、先端は幅広くやや尖り、葉縁は全縁。中肋は二叉して短い。茎葉の葉身細胞は線形で、長さ60〜80μm、幅6〜8μmで、薄壁、平滑(i)。葉先では菱形〜長紡錘形で、長さ20〜40μm(j)。翼部は明瞭に分化し、方形細胞の並びが葉縁から中肋部にかけて連なる(k)。
 枝中央の葉は茎はより小さく、長さ1.1〜1.7μm、卵状楕円形(l)。背面と腹面の葉は比較的扁平だが、枝の側面からでる葉は強く凹み、葉先は広く尖り、葉縁は全縁。中肋は茎葉よりは鮮明だが、二叉して短い。葉中央部の葉身細胞の様子や、翼部は茎葉とほぼ同様(m〜o)。翼部の細胞は一層からなる。短い中肋の横断面の細胞は、葉身部の細胞から分化していない(p)。
 茎や枝の横断面で中心束があり、表皮細胞は薄膜でやや大きめの細胞からなる(q, r)。
 
 
 
(s)
(s)
(t)
(t)
(u)
(u)
(v)
(v)
(w)
(w)
(x)
(x)
(y)
(y)
(z)
(z)
(aa)
(aa)
(ab)
(ab)
(ac)
(ac)
(ad)
(ad)
(s) 朔基部と雌苞葉、(t) 雌苞葉、(u) 雌苞葉の葉身細胞、(v) 雌苞葉の先端部、(w) 雌苞葉の基部、(x) 朔、(y) 気孔、(z) 朔歯、(aa, ab) 外朔歯下部、(ac) 外朔歯上部、(ad) 内朔歯側からみた朔歯

 雌苞葉は幅広の披針形で、長さ1.3〜2.1mm、下半部は鞘状となる。雌苞葉の葉身細胞は線形で、長さ80〜100μm(u)、先端部は長い多角形(v)、基部には大形矩形の細胞が並ぶ(w)。
 朔柄は褐色で長さ10〜15m(d)、表面は平滑。朔は長さ1.6〜1.8mm、長い円筒形で直立し、相称(x)。朔の基部には気孔がある(y)。朔歯は二重で、口環がみられる(aa, ab)。外朔歯は披針形で、表面は微細な乳頭で被われる(ab, ac)。内朔歯は棒状の歯突起ばかりがめだち、基礎膜は外朔歯と吻合しているようで、やや不明(ad)。

 朔は全体に古く、新鮮なものはなかった。このため、帽や蓋を観察することはできなかった。また、朔歯は大部分が崩れていて、整った形のものは見あたらなかった。さらに、外朔歯の表面が細かくひび割れたようになっているものが多かった(aa)。ちなみに、画像(aa)と画像(ab)とは同じものを合焦位置だけ変えて撮影したものだ。
 ツヤゴケ属 Entodon の蘚類だろう。保育社、平凡社両図鑑とも、検索表からはヒロハツヤゴケ E. challengeri に落ちる。気になるのは、朔の大部分が長い円筒形をしていることだ。図鑑には「朔は長い卵形」とある。朔の形だけみるとツクシツヤゴケ E. macropodus のようにも見えるが、口環があり、葉身細胞も短い。これもヒロハツヤゴケの変異の範囲なのだろうか。