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[標本番号:No.0909   採集日:2010/05/02   採集地:岡山県、高梁市]
[和名:シワラッコゴケ   学名:Gollania ruginosa]
 
2010年5月8日()
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
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(j)
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(k)
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(l)
(l)
(a) 植物体、(b) 標本:乾燥時、(c) 標本:湿時、(d) 枝の一部、(e, f) 茎葉、(g) 茎葉の上部、(h) 茎葉の基部、(i) 茎葉腹面の葉身細胞、(j) 茎葉の翼部、(k) 茎葉の先端、(l) 茎葉の横断面

 岡山県高梁市の磐窟渓の石灰岩地帯で採取したイワダレゴケ科 Hylocomiaceae あるいはハイゴケ科 Hypnaceae と思われる蘚類を観察した(alt 460m)。石灰岩壁についたコケはやや黄褐色を帯びて光沢があり、茎は匍い不規則羽状に短い枝を出している。葉はやや扁平気味に密につき、乾湿で姿はほとんど変わらない(b, c)。
 枝は葉を含めて幅1〜2mm。茎葉は長さ2.3〜2.6mm、広い卵形の基部からやや急に細くなり鋭頭で、上半部の縁には鋭い歯がある。葉の上半部に皺のあるものや、上半部が背側に反り返るものがある。中肋は二叉して短く、葉長の1/6〜1/5の長さで弱い。
 葉身細胞は線形で、長さ30〜60μm、幅3〜6μm、膜は厚く、ほぼ平滑で、背面上端が微細に突出する。翼部はほとんど分化せず、やや幅広となり方形の細胞が少数並ぶ。葉基部の断面で中肋は2〜3細胞層からなり、ステライドはない。
 
 
 
(m)
(m)
(n)
(n)
(o)
(o)
(p)
(p)
(q)
(q)
(r)
(r)
(s)
(s)
(t)
(t)
(u)
(u)
(v)
(v)
(w)
(w)
(x)
(x)
(m, n) 枝葉、(o) 枝葉上半、(p) 枝葉の翼部、(q) 枝葉背面の葉身細胞、(r) 同前:背面乳頭に合焦、(s) 枝葉先端、(t, u, v) 枝葉の横断面、(w) 茎の横断面、(x) 偽毛葉

 枝葉は長さ1.2〜2.2mm、長卵形の基部からやや急に細くなり鋭頭、上半部の縁には鋭い歯がある。枝葉でも二叉する中肋は弱く、茎葉同様に短い。枝葉の葉身細胞と翼部の様子は茎葉とほぼ同じ。枝葉は背側に反り返ることはない。茎葉でも枝葉でも、細胞背面上端を含む面で横断面を切り出すと、微細な突出部がはっきりする(u)。茎の横断面には弱い中心束があり、表皮細胞は厚壁で小さい。なお、偽毛葉は披針形〜小葉状。

 採取時にはハイゴケ科のラッコゴケ属 Gollania だろうと思った。最も可能性が高いのはシワラッコゴケ G. ruginosa だが、それにしては茎葉上部に強いしわがなく、中肋も短かすぎる(e, f)。平凡社図鑑で、ラッコゴケ属の他の種にもあたったが、観察結果と符号するような記述は見られない。さらに近縁のクシノハゴケ属 Ctenidium にあたってみた。検索表からはクシノハゴケ C. capillifolium に落ちるが、茎葉の形をはじめいくつかの形質状態が図鑑の記述とは異なる。また、以前クシノハゴケと同定した標本(標本No.851)と比較してみたところ、茎葉の形などが明らかに異なる。今日クシノハゴケかもしれないとした標本No.894の葉形とも異なる。
 そこであらためて、初心に返って標本の任意の場所から、複数の茎を選んで茎葉を観察し直してみた。すると、シワラッコゴケの茎葉の特徴の一つとされる「先端付近は強くしわよる」葉が多量にあることが判明した(ab〜af)。ただ、茎葉の幅は狭く、中肋は何れも非常に短い。また、枝葉の一部にも先端付近が強くしわよった葉が見られた(aa)。中肋の状態や茎葉の位置による形など、典型的なものからややはずれるが、シワラッコゴケとしてよさそうだ。
 

 
 
(aa)
(aa)
(ab)
(ab)
(ac)
(ac)
(ad)
(ad)
(ae)
(ae)
(af)
(af)
 なお、保育社図鑑ではラッコゴケ属はフサゴケ科 Rhytidiaceae として扱っているが、平凡社図鑑ではハイゴケ科 Hypnaceae に配置されている。