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[標本番号:0965   採集日:2010/06/12   観察地(非採取):長野県、山ノ内町]
[和名:ヒカリゴケ   学名:Schistostega pennata]
 
2010年6月13日()
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
(a) 周囲の環境、(b) 岩穴の入口付近、(c, e) 光る原糸体、(d) 配偶体も見える、(f) 落ちていた泥塊、(g) 植物体:不稔の茎、(h) 植物体:朔をつけている、(i, j) 不稔の茎の葉、(k) 葉、(l) 葉の基部

 昨日、志賀高原で残雪の残る原生林にもぐり込んだ。残雪が足下を広くおおい、その上には落葉や落枝が堆積していた。径や踏み跡の殆どない樹林の一角に、ミズゴケ、フジノマンネングサなどに覆われた地帯が現れた。ミズゴケが岩から長く垂れ下がり、堆積する大岩には多数の小洞窟があり、穴の中からは冷気が漂っていた(a, b)。
 ミズゴケの撮影をするためしゃがみ込むと、残雪の上に小さな泥塊が転がりそこにコケらしきものがついていた(f)。拾い上げてルーペでみると、何となく光るものが見えた。どうらやヒカリゴケのようだ。よくみれば胞子体をつけた個体もある。でも、なぜこんな場所に? どうやら、岩穴の壁から落ちた泥塊が、斜面を転げ落ちたものと推測された。
 そこで、ミズゴケやフジノマンネングサの撮影を棚上げにして、岩の隙間や小洞窟を手当たり次第にのぞき込むと、ヒカリゴケが輝いていた(c)。足場の悪い斜面で何とか撮影した(c, d)。拾った泥塊をフィルムケースに入れて、車まで持って行き車載の専用顕微鏡で撮影した(j〜x)。

 ヒカリゴケは国の天然記念物に指定されているので、拾ったものでも持ち帰ることはできない。泥塊は再び元の場所に戻してきたので、この観察覚書には準拠する標本がない。標本番号0965というのは写真と図及び記載に与えたものだ。天然記念物をめぐる偶然はこれが二度目となる。偶然に冬眠中のヤマネを「拾った」ことがあった(「きのこ雑記」→「今日の雑記:2005.4.18」)。このときも撮影した後、周辺のそれらしき場所に戻した。

 植物体は黄緑色で脆く、朔をつけない茎は、茎の長さ4〜8mm、葉が左右二列に並び、扁平な姿をしている。葉は卵状披針形で、長さ0.5〜1.2mm、鋭頭、基部は下延し隣接する側葉と融合する。葉縁はほぼ全縁で、中肋はない。葉身細胞は長い菱形〜六角形で、長さ60〜120μm、幅18〜30μm、薄壁で平滑。葉下部の縁の細胞は細長いため、舷があるかのように見える(l)。
 一方、胞子体をつける茎は、長さ1.5〜3mm、茎の先端に小さな葉を5〜6列につける(p, q)。葉は扁平にではなく、茎の周りに均等につき、披針形で、長さ0.4〜0.8mm、鋭頭、全縁、中肋はない(r)。葉身細胞は朔をつけない茎とほぼ同じ。
 朔柄は茎先端の鞘部から長く伸び、非常に脆く、長さ5〜6mm(aa, ab)。朔は類球形〜楕円体で、皿状の蓋をもつ(ac, ad)。朔歯はなく、口環がある(ae, af)。胞子は球形で、径8〜12μm(af)。原糸体は永続性で、配偶体の周囲ばかりではなく、ずっと離れて広がり、一部の細胞は球形となり、平面的ないし繊維状に並ぶ。
 

 
 
(m)
(m)
(n)
(n)
(o)
(o)
(p)
(p)
(q)
(q)
(r)
(r)
(s)
(s)
(t)
(t)
(u)
(u)
(v)
(v)
(w)
(w)
(x)
(x)
(aa)
(aa)
(ab)
(ab)
(ac)
(ac)
(ad)
(ad)
(ae)
(ae)
(af)
(af)
(m) 葉身細胞、(n) 葉の先端、(o) 若い胞子体、(p) 茎の先端につく葉 、(q) 朔をつける茎、(r) 茎先端部の葉:朔柄がつく、(s) 原糸体、(t〜x) 原糸体の球形細胞、(aa) 胞子体をつけた茎とそうでない茎、(ab) 成熟した胞子体、(ac, ad) 若い朔、(ae) 成熟した朔、(af) 朔の開口部と胞子

 残雪の上に転がった泥塊についていたコケは、最初小さな苔類かと思った。非常に弱々しく、少し乾燥した部分は丸まっていた。よく見ると、小さいながらも長い柄とタマゴケのような朔をつけていた。また、朔をつける茎は、朔をつけない茎と印象がまるで異なっていた。
 朔をつけない茎は葉が左右二列につくので苔類を連想させるが、朔をつける茎は、ひ弱なもやし状で、茎先に小さな葉が集中してつき、その先から朔柄が伸びていて、茎の途中には葉がほとんどない。 配偶体の茎も朔柄も非常に脆く、苔類の朔柄を思わせられた。
 原糸体は暗い明かりにも反応して蛍光色を反射させる。自ら発光するわけではないので、暗い穴の壁についたヒカリゴケを撮影するのには難儀した。フラッシュを焚くと全体がまっ白になる。全く光をあてないと、殆ど真っ暗でなにもわからない。レフ板を使って外の明かりを弱く穴の壁に反射させて撮影したが、やはり思い通りにはならなかった。
 カメラとルーペを使った撮影、検鏡写真の撮影を済ませたら、泥塊を拾った場所に戻すつもりだったので、車載の顕微鏡(Olympus BH2)とデジカメ(COOLPIX P6000)の使用にあたっては、原則として「非破壊」検鏡に徹した。このため、茎や朔の断面を観察することはできなかった。もっとも、きのこ観察用に中型の三眼生物顕微鏡こそいつも車に搭載しているが、解剖用の実体鏡はふだんは搭載していない。この時も同じ状況だった。