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[標本番号:No.1065   採集日:2010/10/15   採集地:徳島県、木頭町]
[和名:オオハリガネゴケ   学名:Bryum pseudotriquetrum]
 
2011年2月12日()
 
(a)
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(b)
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(c)
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(d)
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(e)
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(f)
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(g)
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(h)
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(i)
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(j)
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(k)
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(l)
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(a, b, c) 植物体、(d) 標本:乾燥時、(e) 標本:湿時、(f, h) 乾燥時、(g, i) 湿時、(j, k) 葉、(l) 葉の上半

 徳島県木頭村の高の瀬渓谷で湿った岩の隙間に群生していた蘚類を観察した(alt 660m)。小沢の脇の湿った岩の隙間に群生していた。
 直立する茎は長さ2〜3cm、下部は褐色の仮根に密に覆われ、中部から上には糸状の無性芽が密集し、茎の中程では仮根に無性芽が絡みつく。葉は茎の上から下までほぼ均一につき、先端部に近い部分は小さい。乾燥すると、葉はねじれて軽く縮む。
 葉は卵形〜楕円状卵形で軽く凹み、茎の中央部で長さ2〜3mm、茎の上部で1.5〜2mm、葉先は短く尖り、基部は茎に長く下延する。葉縁には狭いが明瞭な舷があり、葉縁は下部で狭く反曲する。舷は葉の横断面で、やや厚壁で小さな細胞一層からなる。葉上部の縁には非常に微細な歯をもつ葉もある。中肋は葉先から軽く突出し、古い葉では赤みを帯びる。
 
 
 
(m)
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(n)
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(o)
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(p)
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(q)
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(r)
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(s)
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(t)
(t)
(u)
(u)
(v)
(v)
(w)
(w)
(m) 葉身細胞、(n) 葉中央部の舷、(o) 葉の先端部、(p) 葉の基部、(q) 葉の横断面、(r) 茎の横断面、(s) 仮根と無性芽、(t, u) 無性芽、(v) 葉の横断面群、(w) 葉縁の横断面

 葉身細胞は六角形で、長さ35〜70μm、薄壁で平滑。茎の横断面には中心束があり、表皮細胞は髄部の細胞よりやや小さくわずかに厚膜。無性芽は糸状で、中には分枝するものもある。

 ハリガネゴケ属 Bryum の蘚類には間違いなさそうだ。平凡社図鑑の検索表からは該当する種にたどり着けなかった。糸状の無性芽はツクシハリガネゴケ B. billardieri のものによく似ているが、葉の付き方がかなり異なる。茎に対する葉の付き方や密集する仮根からはオオハリガネゴケ B. pseudotriquetrum のそれに似ているが、植物体の大きさや葉縁の舷の形、葉身細胞の壁の厚さなどが異なる。発生環境や大きさなどはランヨウハリガネゴケ B. cyclophyllum にも似るが、葉の形や舷の様子、無性芽の件などが異なる。
 手元にある他のいくつかの文献などにもあたってみたが、種名にまでたどりつけなかった。観察結果の解釈に誤りがあるのかもしれない。環境による影響で大きく変異した種、図鑑にはまだ未掲載の種の可能性もある。未報告種の可能性もなきにしもあらず、だろうか。

[修正と補足:2011.02.13]
 本標本をオオハリガネゴケ B. pseudotriquetrum と修正した。
 全く別の場所で、オオハリガネゴケを採集したので(標本No.1073)、本標本と比較してみた。本標本との違いは植物体の背丈だけで、その他の形質状態はほぼ同じだった。さらに、識者の方から早くにオオハリガネゴケだろうというコメントをいただいていた。また、時々無性芽だらけになることがあり、植物体の大きさが2〜3cmというのは普通だという。
 先にオオハリガネゴケではないと考えたのは、まず背丈の問題だった。平凡社や保育社の図鑑には「10cmに達し」とあるので、典型的なものでは少なくとも5〜8cmほどになるのではないかと思った。ついで、両図鑑ともに茎の上部に密集する無性芽のことには全く触れていない。さらに、葉縁の舷の広さ、葉身細胞の膜の厚さが図鑑の記述とは異なっていた。
 背丈に関してはNoguchi(Part2 p.474)に約3cmとあり、植物体の大きさが「2〜3cm」ということにも納得できた。また、平凡社図鑑の写真(PL.55)をよく見ると、茎の上部を覆っている褐色の組織は仮根ではなく無性芽のようにみえ、これも納得できた。舷の様子や葉身細胞の壁は環境による変異で変わるのかもしれない。
 コメントありがとうございました。