カヤネダケ Crinipellis caulicianalis

カヤネダケ

 2001年初冬の頃からコナガエノアカカゴタケとかアカダマスッポンタケ等を求めて、海辺の砂浜を定期的に歩くようになった。すると意外と多くの種類のきのこが砂地から発生しているではないか。最初にやたらに目に付いたのがこのカヤネダケであった。コウボウムギやらハマニンニクの砂中に埋まった茎から発生しており、まるでその植物の茎の一部でもあるかのような姿をしていた。

 その異様な姿に驚いたが、無論当時はカヤネダケという和名がついていることなど全く知らなかった。ただとにかく記録し検鏡だけはしておいた。そして、多くの先輩・知人らに尋ねたり、内外の文献を調べたのだが、いっこうに埒が明かなかった。伊藤誠哉著「日本菌類誌」(1959, 養賢堂) にカヤネダケという記述を見つけたが、ただニセホウライタケ属と記されているだけで、その詳細についてはよくわからなかった。そして海辺に行くと相変わらずこのきのこにはよく出会った。特に梅雨の頃と秋雨の頃に若い新鮮な個体が多数みられることもわかった。

 2003年6月に、いわき市の奈良俊彦氏を通じて、青森市の湯口竹幸氏所蔵の資料をお借りできることになった。川村清一著「原色日本菌類図鑑」(1954-1955、風間書房)全巻のコピーである。既に絶版となって久しく、古書店で一度だけ見かけたことがあったが、天文学的な価格に呆然とした記憶があった。以前いくつかの図書館で調べたときには、図書カードやリストにはあるのに、なぜか現物がなく手にとって確認することはできなかった。この文献の第3巻にカラーの挿絵とともにカヤネダケの詳細な記述(p.337)があった。少し長くなるがその注釈部分を引用してみよう。
 本菌は夏・秋の候に、枯死せる草茎に生ずる外、生活せる莎草科・禾本科等の草の根元に生じ、茎の下部は地中に在つて、草の茎や地下茎に寄生してゐる場合が多い。海浜砂地の所で、諸種の莎草・禾本科植物の根元に、数個簇生してゐるのを掘取つて見ると、必ず草茎に寄着してゐる。東京近傍では鎌倉七里ガ浜等の海浜には、最も普通に生ずるものである。斯く草の茎に寄着する性質があるに由り、学名には草茎の義なるラテン語 caulis を採つた caulicinalis が用ゐられてゐる。又本菌の異名である学名に、stipitarius や epichloe が用ゐられてゐるのも、前者は「茎を占有する」の義、後者は「草の上」の義で、共に本菌が草茎に寄着する特性のあることを示すものである。和名のカヤネダケは、本菌がチガヤ其他の禾本科植物、及びコウボウムギ其他の莎草科植物、最も能く寄着するに由り、名としたのである。本邦の他、欧州諸国及北米にも産することが知られてゐる。
この記述に続いて、挿絵として採用されている子実体が、昭和5年6月21日に神奈川県逗子海岸で採取されたことが記されている。そして茎の中央以下は砂中にあって、コウボウムギの茎の一ヶ所に束生していたものだという。この描画をみるとまさに、2002/06/16 千葉県、白子町にて撮影したものとそっくりである。これもコウボウムギの茎から発生していたものだ。
 僥倖とは思いがけないときにやってくるものだ。長いことわからなかったものが、ある日突然長いトンネルを抜けたようにすっきりと解明されることがある。あらためて、記録しサンプルを保存しておくことの大切さを痛感したしだいである。(2003.06.18)


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