スナヤマチャワンタケ Peziza ammophila

sunayamachawantake

 広大な遠浅の砂浜が広がる地域は国内いたる所にある。海水浴客も去り秋の冷たい風が浜に吹き出すころになると海辺は急に静かになる。浜で見かけるのは漁師とサーファーばかりとなる。夏の暑い時期には浜にも多くの植物が青々とした姿を見せているが、この時期になると枯れ始めて急激に勢いが無くなる。
 この時期の砂浜をみると植物やらきのこが生息しているなどとはとても感じられない。黒松などの防風林の外に出て波打ち際まで歩いてみると、最初の内こそイネ科植物を中心として多くの草本を見ることができる。やがて草も少なくなりそのうちに漂流物ばかりが目立つようになる。思いがけないことにこういった痩せた砂地をもっぱら住処にしているきのこたちがいる。スナジクズタケなどと並んでスナヤマチャワンタケはその代表格ともいえるものだ。和名に同じ「砂」という文字をもってはいるがスナジアセタケは砂浜というよりも防風林の中の砂地に出る。
 砂浜を歩いていると所々の砂地に小さな孔が見える。口を近づけて思い切り息を吹きかけると丸い茶碗型のきのこがでてくる。それがスナヤマチャワンタケである。風が強いときなどは砂地に姿全体を現していたり、転がっていることもある。いずれにせよその気になってじっと目を凝らして歩かないとなかなか見つけにくいきのこではある。
 千葉県の九十九里浜やら茨城県の鹿島灘の浜では9月頃から12月頃までよく見ることができる。砂地に生えている姿をそのまま撮影してもまるで見栄えがしない。きのこ全体が砂にまみれて何がなんだか分からない。おまけに砂粒が乱反射をしてますます被写体がわかりにくくなる。しかしまずはそのままの姿で1枚シャッターを切る。そして、次に霧吹きを使って軽く水洗いをする。すると俄然鮮やかな姿を現してくれる。砂地に生えるきのこを撮影しようと思うと、霧吹きは必需品である。最初のころは穂先の柔らかい刷毛や筆を使ってじっくりと掃除をしたものだ。しかし、最近はほとんど筆を使っての清掃作業はやらなくなった。
 きのこ撮影の小道具の一つとして筆と刷毛はいつも持ち歩いてはいるが、砂浜を歩くようになってから、リュックの中にはいつも霧吹きを常備するようになった。最初の頃はゴロゴロとかさばり荷物にもなる霧吹きを持ち歩いていたが、やがて知恵が付いてきて、家庭用洗剤の空き容器を使うようになった。これだと幅は狭いし、誤散布防止のロック機構もついている。これは結構重宝する。砂浜ばかりではなく、雨の後の地上生きのこを撮影する場合でも、ちょっと一吹きするときのこについた泥撥ねなどがきれいに洗い流される。おまけにやや乾燥気味のきのこでは新鮮な状態に復帰してくれる。霧を吹いた後、数十分ほど待ってから撮影である。
 原則として採取したきのこはすべて顕微鏡で観察することにしている。スナヤマチャワンタケも例外ではない。初めて採取した頃、砂をいかにして取り除くかに思いの外難儀した。弱い水道水で洗って砂が落ちればよいのだが、なかなかうまくいかない。かといって水流を強くすると、子嚢盤表面が「砂のヤスリ」に削られてしまう。弱すぎると小さな砂粒がなかなかとれない。切片を作るときにカミソリにガチンとあたり、うまく切れたと思えば今度はカバーグラスの下で砂粒がじゃまをして薄い水の膜ができない。適度の強さの水流と筆を使うとうまく砂を落とせるのだが、最初はこれがなかなかうまくできなかった。だから初めて薄いプレパラートができたときは感激ものだった。最近ではすでにこういった感激もなく、ごく当然のように事務的に砂を洗い落としている。(2003.3.4)


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