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ウスキブナノミタケのこと

この記事は「今日の雑記」2009年10月7日をそのまま転載したものである

 
2009年10月7日(水)
 
冷蔵庫に放置されていたキノコ
 
 今月1日のブナ林ではウスキブナノミタケも採取したが、ナメコやブナシメジ、ムキタケ、マツタケなどの観察に追われ、ウスキブナノミタケまで手が回らなかった。冷蔵庫に放置しておいたが、今朝になってようやく観察することができた。今朝の「雑記」は冗長で写真がやたらに多い。

 保育社図鑑ではウスキブナノミタケの学名として Mycena luteopallens (Peck) Sacc. をあて、種の解説中には以下のような記述がある。

  1. 「(胞子は)若いときはやや粗面でアミロイド,成熟すれば平滑で非アミロイドとなる。」
  2. 「側シスチジアは44〜82×10〜18μm,便腹形で細い頸部をそなえる。」
  3. 「縁シスチジアは38〜46×8〜15μm,頸部は側シスチジアほど長くはない。」
 しかし、国内のブナ林でみられるウスキブナノミタケは、(2.)の側シスチジアについての記述はおおむねよいとして、(1.)の胞子、(3.)の縁シスチジアについては、わが国で実際に見られるウスキブナノミタケのそれとはかなり違う。高橋春樹氏は、ウスキブナノミタケ?として M. crocea Maas Geest. をあて、「日本産ウスキブナノミタケについては今後追加標本を用いた顕微鏡的データの再検討を要する」と記している([八重山諸島のきのこ] → [日本産クヌギタケ属の最新データ (2009年5月30日更新)])。

 胞子については「きのこ雑記」でも、2002年に「キノコのフォトアルバム」のウスキブナノミタケで素朴な疑問を記している。この頃はまだ菌類の勉強をはじめて間がない時期でもあり、観察したウスキブナノミタケは地域数や標本数が充分ではなかった。当時は縁シスチジアをていねいに観ていなかった。また千葉菌類談話会の例会の都度、故本郷次雄先生に保育社図鑑のウスキブナノミタケの記述について繰り返し疑問を呈していた。2003年以降今年まで、十数県でウスキブナノミタケを採取し観察してきた。

 観察結果は高橋氏の指摘通り、いずれもコウバイタケ節 Sect. Adonideae ではなく、アクニオイタケ節 Sect. Fragilipedes を支持していた。つまり、「担子胞子は楕円形〜やや円柱形, アミロイド; 担子器の基部はクランプを持つかまたは欠く; 縁シスチジアの形状は様々で, 平滑または 1〜数個の不規則に屈曲した粗大な指状付属糸を持つ; 縁シスチジアに似た側シスチジアを持つかまたは欠く; ヒダ実質は偽アミロイド; 傘および柄の上表皮層の菌糸は平滑または短指状分岐物に被われる.」に符合する。M. crocea Maas Geest. の特徴によく似ているといえる。

 以下に夜中から今朝撮影した画像を冗長に列挙した。採取から1週間経過したせいか胞子紋はほとんど落ちなかった。担子胞子は楕円形で平滑、アミロイド(d)。担子器の基部にクランプは見あたらなかった(s, t)。縁シスチジアは不規則に屈曲した粗大な指状〜珊瑚状の付属糸を持つ(h, i, m, n, r)。側シスチジアは便腹形で細い頸部を備える(o〜r)。ヒダ実質は偽アミロイド(f)。カサの上表皮層の菌糸は短指状分岐物に被われる(u〜x)。カサの上表皮と柄の菌糸には多数のクランプを見つけたが、ヒダ実質やカサ肉の菌糸にはクランプはごくわずかしかなかった。
 

(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
(a, b) 子実体、(c) ヒダ、(d) 胞子:幼菌も成菌も平滑でアミロイド、(e) カサとヒダの横断面:フロキシン染色、(f) ヒダをメルツァー液で封入:ヒダ実質は偽アミロイド

 それにしても小型の Mycena 属菌の検鏡はやっかいだ。現地での採集時から乾燥防止のことを考えて持ち帰らないとあとで苦労する。紙袋で持ち帰った標本はすぐに乾燥して小さな丸い塊になってしまい、ヒダの切り出しに難儀する。先日採取したウスキブナノミタケはすべてチャック付ポリ袋にいれて持ち帰った。これは苔類標本を持ち帰るときと同じ方法だ。
 
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
(g) スライドグラスに寝かせたヒダ:コンゴーレッド染色、(h) ヒダの縁:コンゴーレッド染色、(i) 縁シスチジア:コンゴーレッド染色、(j) ヒダ横断面:ヒダ実質は並列型、(k) ヒダ横断面:上半部、(l) ヒダ実質をメルツァーで封入:胞子はアミロイド

 観察中にもちょっと油断するとすぐに乾燥して丸まってしまう。観察する標本をフィルムケースにいれ、一部を切り出したらまたフィルムケースに戻して、延べ2時間ほど観察し撮影した。シスチジアとカサ上表皮については8個体ほどをチェックしたが、いずれもほぼ同様の結果だった。縁シスチジアやカサ上表皮の指状突起は透明でとても見づらい。フロキシンやコンゴーレッドでもこの部分は染まってくれないので、鮮明な画像を得ることができなかった。
 
(m)
(m)
(n)
(n)
(o)
(o)
(p)
(p)
(q)
(q)
(r)
(r)
[この行すべてフロキシン染色]: (m) ヒダ横断面にみる縁シスチジア、(n) 別タイプの縁シスチジア、(o) 子実層と側シスチジア、(p, q) 側シスチジア、(r) 縁シスチジアと側シスチジア

 ウスキブナノミタケは小さな脆いきのこなので、ヒダ横断面の切り出しは一筋縄ではいかない。最初は実体鏡の下で、複数のヒダをカサと一緒に切り出した(e)。これは比較的簡単だったが、次いでヒダを一枚スライドグラスに寝かせてから(g)、これに次々にカミソリの刃をあて、良いものだけを残してカバーグラスをかぶせた(j, k)。
 
(s)
(s)
(t)
(t)
(u)
(u)
(v)
(v)
(w)
(w)
(x)
(x)
(s) 子実層と担子器、(t) 担子器:フロキシン染色、(u, v) カサ上表皮、(w, x) カサ上表皮:フロキシン染色

 日常きのこを観察した場合、1標本について40〜120枚ほどの検鏡写真が生まれる。「今日の雑記」に掲載するのは、それらのうちのごく一部だ。今日は珍しく、ひとつの標本について24枚もの画像を取り上げてしまった。冷蔵庫には今月1日に採集したきのこがまだいくつか残っている。ミズゴケから出る繊細な脆いきのこだ。安比フォーレに出かける前までに、残ったきのこの観察を済ませておきたい。さもないと、蒸れてグシャグシャになってしまう。