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[標本番号:No.285   採集日:2007/07/07   採集地:栃木県、日光市]
[和名:ホソバミズゴケ   学名:Sphagnum girgensohnii]
 
2007年7月13日(金)
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
 昨日観察したミズゴケ類(標本No.283)と似たような環境(奥日光の標高1500m、硫黄泉の源泉周辺)で採取したミズゴケの仲間を観察してみた(a〜e)。植物体は繊細で小さく、標本No.283と比較すると大きさがまるで違う(f)。茎は長いものでも、6〜8cmほどしかない(e)。頭部周辺の枝の密度などもかなり違った印象を受ける。
 茎の表皮細胞に螺旋状の肥厚はない(i)。茎葉は舌形で、長さ1〜1.2mm、先端は幅広く切頭状でささくれているが、側方はささくれていない(g)。葉縁の舷は葉長の2/3あたりまで伸び、透明細胞は側壁しかのこらず、貫通している。
 枝葉は長さ0.8〜1.2mmで、広卵形の基部からやや細くなり、先端は尖り、中間あたりで背面側に軽く反り返る(g)。葉身細胞は薄い壁で10〜12室に仕切られ、腹側には穴はなく(j)、背側に小さな穴が10〜15ほどみられる(k)。乾燥しても、枝葉の縁が波打つことはない。
 枝葉の横断面を切りだしてみた。4面のいずれも、それぞれ右上が腹面側である(l)。葉緑細胞は、背腹両面に開き、底辺はどちらかといえば腹面側にある。

 昨日(標本No.283)と同様に、先ずどの節に落ちるのかを検索した。観察結果を検索表と照合していくと、スギバミズゴケ節(Sect. Acutifolia)あるいは、ユガミミズゴケ節(Sect. Subsecunda)となる。スギバミズゴケ節の中の検索表をたどると、No.283と同じヒメミズゴケに落ちる。しかし、昨日の標本とは、あまりにも印象が違う。
 ユガミミズゴケ節と仮定して、検索表をたどってみた。枝葉の葉身細胞の穴は小さく互いに接することはない。茎の皮層は1層にみえる。検索表から落ちる種についての記述を読むと、多くは大型の蘚類で、しっくりと落ちる種はみあたらない。
 観察結果の読み取り間違いをしているのだろうか。また、ユガミミズゴケ節の検索表にでてくる「偽孔」の意味が理解できなかった。とりあえず、スギバミズゴケ節のミズゴケ類として扱っておくことにした。

[修正と補足:2007.09.03]
 初心に返って、再検討してみた。乾燥しきった標本を水没させると、採取時の鮮やかな黄緑色が戻ってきた。あらためていくつもの個体にあたってみると、いずれも開出枝と下垂枝の長さはほぼ同じか、下垂枝がやや長い。枝は4〜6本くらいが束になり、2〜4本ほどが下垂し、開出枝は水平に伸びた先から滑らかなカーブを描いて垂れ下がる(m)。
 

 
 
(m)
(m)
(n)
(n)
(o)
(o)
(p)
(p)
(q)
(q)
(r)
(r)
(s)
(s)
(t)
(t)
(u)
(u)
(v)
(v)
 一個体をそのまま赤インクに浸した。まず、茎からすべての枝を取り外した。茎葉は舌形で、先端がささくれて、葉縁の舷は基部でやや広くなり、葉先までは伸びていない(o)。茎の表面細胞には穴はなく(p)、赤インクで染めると偽孔のようなものがわずかにみえる(q)。
 茎と枝の横断面をあらためて切りだしてみた。茎の表皮細胞は2層ないし1層で、枝の表皮細胞はほとんど1層からなる(r)。顕著なレトルト細胞らしきものはみられない。
 茎の上部の枝から下部の枝にわたり、それぞれ開出枝と下垂枝から、何枚かずつ枝葉をはずしてみた。大部分が卵形〜広卵形で、中央部で深く凹み、茎上部についた開出枝では、先端部が後方に軽く反り返る。葉身細胞は葉の基部では大きく、先端部では小さい(s)。
 枝葉の葉身細胞を背側(t, v)と腹側(u)を、それぞれ合焦位置を変えて併載した。観察は、葉身細胞の先端付近と中央部、基部付近を検鏡したが、そのすべての写真を掲載すると煩雑になるので、ここでは、中央部付近の葉身細胞だけを取りあげた。
 背側の細胞には、接合面にそって小さな穴が多数並ぶ(t)。腹側にも、位置によっては、小さな穴がみられるが、多くの細胞では、小穴は不明瞭か、ほとんどみられない(u)。枝葉の横断面の様子は、先の観察(l)と同じで、葉緑細胞は、背腹両面に同程度に開かれている。

 先にスギバミズゴケ節として扱っておいたが、これは不適切といえる。先の観察結果(7/13)と今日の観察結果(9/3)を考慮すると、ユガミミズゴケ節とするのが妥当のようだ。 再検討にあたっては、平凡社図鑑の検索表(岩月 2001)と [滝田 1999] によった。
 次に、ユガミミズゴケ節の検索表にあたると、ユガミミズゴケとネジレミズゴケが候補に上る。ネジレミズゴケの表皮細胞は2〜3層であり、茎葉の先端部の葉身細胞についての記述が観察結果とは異なる。ユガミミズゴケの表皮細胞は1層で、一部に2層にはなっても全周にわたって2層とならない、とされる。
 今回、数個体で数ヵ所の横断面を見たところ、1層だけの断面は少なく、多くが部分的に2層になっていた。中には、全周にわたって2層の部分もあった(r)。概して、若い茎や細い茎ではほぼ1層、大きく成長した個体の茎や、太い茎では2層のものが多かった。
 ユガミミズゴケ Sphagnum subsecundum についての、いくつかの詳細な記載と観察結果を比較すると、概ね合致する。この種は変異が大きく、いくつかの変種が報告されているという。ネジレミズゴケもその一つだ。ここでは、広義のユガミミズゴケとしてとらえておくことにした。

[修正と補足:2008.12.03]
 二度目の修正である。2007.09.03の「修正と補足」でユガミミズゴケ節としたのは大きな誤りだった。再度ユガミミズゴケ節の特徴を確認して、ここであらためてスギバミズゴケ節のホソバミズゴケ S. girgensohnii と修正する。
 ユガミミズゴケ節の種では、枝葉がゆがむ傾向にあり、「枝葉の透明細胞の背側に多数の小孔が接合面にそって一列に並ぶ」とされる。これだけをみると、ユガミミズゴケ節とも受け取れなくない。しかし、ヒロハミズゴケ S. subsecundum var. platyphyllum とネジレミズゴケ S. subsecundum var. contortum 以外のユガミミズゴケ節の種では、茎の横断面で表皮細胞は1層で、いずれの種にも茎葉上部の透明細胞に孔がある、という。これは、標本No.285の観察結果とはまるで異なる。本標本の茎葉上部の透明細胞には膜壁がない。これはホソバミズゴケの大きな特徴のひとつとされる。また、茎葉の形が舌形〜総状であることも納得できる。一年前と比較すると、ミズゴケを観察する目が少し肥えてきたということだろうか。


◎滝田謙譲 1999, 北海道におけるミズゴケの分布およびその変異について. Miyabea 4 (Illustrated Flora of Hokkaido No.4 Sphagnum): 1-84.