HOME  観察覚書:INDEX back


[標本番号:No.263   採集日:2007/06/16   採集地:埼玉県、秩父市]
[和名:マルハツヤゴケ   学名:Entodon concinnus ssp. caliginosus]
 
2007年8月3日(金)
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
 埼玉県奥秩父の沢で6月に採取したコケがまだ1種類そのままになっていた。石灰岩生の菌類とされるウロコケシボウズタケの探索が目的だったので、希硫酸をかかえて、岩石にふりかけては石灰岩か否かを確かめながら行動していた。目的の菌類はなく、石灰岩のあちこちで、同じような蘚類を見かけたので持ち帰っていたものだ。
 植物体はやや湿った石灰岩上や岩上に溜まった土上に群生する。茎は長さ6〜12cm、やや羽状に分枝し、枝の長さは5〜15mm、葉を含めた幅は1.5〜2mm。湿っていても葉は枝に密着気味につき、大きく開くことはない(b, c, e)。乾燥しても、葉は縮れず、茎に密着する(d)。
 茎葉は基部が広い卵形、枝葉は長卵形で基部はやや狭く、いずれも中肋は目立たず、葉縁は全縁(g)、葉頂は広く、わずかに尖る(f, g)。茎葉は長さ1.2〜1.8mm、枝葉は長さ1.0〜1.6mm。両者ともに翼部がやや暗い(f, i)。
 葉身細胞は、茎葉・枝葉ともに、線形で幅3〜5μm、長さ50〜70μm、膜は薄く平滑(h)。翼部の細胞は方形で(i, j)、横断面で見ると複数細胞層の厚みがある(k)。翼部以外の葉の横断面では、細胞は一層である。茎や枝の横断面を見ると、表皮は厚壁の小さな細胞からなる。

 当初、ヤリノホゴケ属ないしツヤゴケ属ではないかと思った。しかし、茎の横断面をみて、ヤリノホゴケ属の線は消えた。ヤリノホゴケの茎は、横断面で表皮細胞は他より大きく薄膜であるとされる。ツヤゴケ属の検索表をみると、胞子体が無いためにそのままでは検索ができない。
 やむなく、植物体の形態的特徴からたどると、ヒロハツヤゴケかマルハツヤゴケの可能性が考えられた。ヒロハツヤゴケにしては、葉がやや小ぶりで、先端が鈍頭である。一方、マルハツヤゴケと考えると、石灰岩上に群生していたことや、葉の翼部が複数細胞層の厚みを持つこと(k)など、図鑑の記述と符合する部分が多い。現時点では、マルハツヤゴケとしておこう。
 保育社の図鑑によれば、「石灰岩上にまれに見つかる。(中略)、外観はタチハイゴケに似る」とある。しかし、過去の観察したタチハイゴケ(No.29)と似てるとは思えない。もっとも、昨年タチハイゴケとした蘚類が、はたしてそれでよいのか、疑問がある。