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[標本番号:No.356   採集日:2007/10/12   採集地:奈良県、上北山村]
[和名:コムチゴケ   学名:Bazzania tridens]
 
2007年10月29日(月)
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
 奈良県の大台ヶ原に向かう途中で春日神社という小さな社に寄った。そこの杉の樹幹基部から林床にかけて密集している苔類を採集した(a)。採集標本は茎が二叉しながら分岐し、腹面には多数の鞭枝がついている(b〜d)。植物体は長さ4〜8cm、葉を含めた幅は2〜3mm、倒瓦状に葉を付け(e)、腹面には透明な腹葉がみられる(f)。腹葉の幅は茎径の2倍ほどだろうか。
 葉は長さ1.2〜1.5mm、非相称な舌形で、先端は3裂し、先は歯牙となっている(g, h)。腹葉は、長さ0.5mm前後で、四角形、葉の上縁は不規則に割れたものから全縁のものまであり、写真のようにわずかに歯牙をつけたものが多く、基部付近だけ緑色で他は透明である(i)。
 葉の葉身細胞は、位置によって大きさはかなり違うが、いずれも膜は厚く、トリゴンは比較的小さく、円形〜楕円形または紡錘形の油体が4〜8個ほどある。合焦位置によってトリゴンの大きさはまるで異なってみえる(j, k)。鞭枝には卵形で透明な葉がつき(l)、先端には仮根がつく。

 ムチゴケ属まではまちがいなかろう。保育社図鑑、平凡社図鑑のいずれの検索表に準拠しても、複葉が透明であることから、ムチゴケ、コムチゴケ、マエバラムチゴケのいずれかとなる。葉先が3裂し、細胞表面は平滑だからマエバラムチゴケではない。植物体の大きさ、葉の大きさからムチゴケではない。となると、コムチゴケが残る。
 腹葉の上縁の形状について、平凡社図鑑には「全縁〜鈍波状」とあるが、本標本ではそうはみえない。以前観察したコムチゴケ(標本No.122標本No.45)では腹葉の上縁はほぼ全縁であった。服部植物研究所報告7の服部・水谷論文『ムチゴケ科邦産種の再検討』(1958)によれば、大きく4つの変異のタイプがあるというが、残念ながら文献が手元になくて確認できない。
 井上『日本産苔類図鑑』(1973) 24-25ページのノートによれば、植物体の大きさ、葉形、腹葉の縁の様子は著しく変異に富むという。「とくに腹葉の形や大きさはある程度地域性をもった変異がみられ」「ヒノキ、スギ等の樹幹に生育するものでは植物体が著しく小型化して別種のような形態を示すこともある」とされる。井上ノートの記述にしたがって、本標本はコムチゴケとして理解しておくことにした。