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[標本番号:No.393 採集日:2008/03/08 採集地:埼玉県、小鹿野町] [和名:トカチスナゴケ 学名:Racomitrium laetum] | |||||||||||||
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埼玉県小鹿野町の双子山で、標高800〜900m付近の石灰岩上に、ギボウシゴケ科と思われる蘚類が多数着生していた(a, b)。足元は雪で、くるぶしから膝まで潜る状態だった。乾燥状態では、葉が茎に密着し、葉先から長く伸びた透明尖が白色の糸のように見える(c)。湿らすと、葉は開き、色も明緑色となった(d)。茎は長さ4〜8cm、わずかに枝分かれする。 葉は披針形で、長さ3.5〜4.5mm、尖端は透明で乳頭のない芒となり、全縁、強い中肋が葉先まで伸び、葉縁はしばしば反曲している(e〜h)。透明尖には歯をもったものが多い。葉身細胞は矩形で、長さ15〜35μm、幅4〜8μm、細胞膜が強く波状に肥厚し、表面は平滑である。葉基部でも細胞の分化は見られず、やや褐色味が強くなり、他より長めの細胞多くなる程度だ。 葉の横断面をみると、中肋の背側にはステライドがみられるが、腹側でははっきりしないケースが多い(j)。切断部位によっては、ステライドが全くない。葉は葉身部も縁も1層の細胞からなる(k)。茎の横断面で、中心束はなく、小さな厚壁の細胞が表皮を構成する(l)。 |
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茎の途中から朔を伸ばした個体がいくつかあった(m)。朔は相称で、朔柄は短く、長さ3〜4mm、苞葉も本体の葉と類似の披針形で、葉先は透明尖となっている。朔には、蓋を被う程度の僧坊状の帽をかぶり、帽の裾は5〜6裂片に割れ、蓋は嘴状に尖る(m〜o)。 朔は一列で16枚、先端は2裂している(p, q)。朔歯の表面は、先から基部まで微細な乳頭に被われている(r)。口環がよく発達している(s)。口環の部分を横断面で切り出してみた(t)。口環は1層ではなく、多層からなっているように見える。さらにそのうちの1層の口環を他から分離してみると、植物の花弁のようだ(u)。 朔壁は2層からなり(v)、外層を構成する細胞は厚壁で、内層を構成する大型薄膜の細胞とは対照的だ(w)。朔壁に気孔のような組織はみられない。朔柄の横断面は、小さな厚壁の細胞が表皮をなし、中心束のような組織がみられる(x)。胞子は径11〜13μm。
シモフリゴケ属 Racomitrium に間違いなさそうだ。観察結果をもとに検索表にあたると、クロカワキゴケ R. heterostichum に落ちる。平凡社の図鑑には、検索表にのみ記述され、独立した種の解説がない。保育社の図鑑では、簡単な説明があり、一つだけ変種に触れている。
[修正と補足:2010.03.08]
トカチスナゴケは、Noguchi(Part2 1988)でクロカワキゴケ Racomitrium heterostichum の変種 R. heterostichum var. diminutum として記載されている。Iwatsuki "New Catalog of Mosses of Japan"(2004) では R. laetum のシノニムに落とされている。 さらに、保育社図鑑(1972)にはクロカワキゴケの解説はあるがトカチスナゴケには全く触れていない。一方、平凡社図鑑(2001)には、トカチスナゴケについてだけ種の解説があり、クロカワキゴケについては検索表に簡略な説明を記してあるだけだ。さらに両図鑑共に、クロカワキゴケやトカチスナゴケについて、葉身細胞の長さや葉縁基部の細胞の縦壁の様子についての記述はない。したがって、この両者の図鑑から明瞭に両種の差異を読み取ることは難しい。そこで、前記のNoguchiをていねいに読むと、この両種について、葉身細胞の長さと、葉縁基部1列の "細胞壁が波打たない透明細胞" の数の違いが浮かび上がるようだ。
クロカワキゴケの葉身細胞の長さは15μmを超えず、葉基部の均一肥厚細胞列を構成する細胞数は3〜6個、トカチスナゴケでは葉身細胞の長さは12〜25μm、葉基部細胞列の細胞数は10〜15個となる。これにしたがって、本標本を含め計4点の標本を再検討してみた。
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