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[標本番号:No.824 採集日:2009/12/13 採集地:栃木県、鹿沼市] [和名:トカチスナゴケ 学名:Racomitrium laetum] | |||||||||||||
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雨後の前日光林道で(alt 840m)で日向の岩にギボウシゴケ科 Grimmiaceae の蘚類が綺麗な姿を見せていた(a)。茎は3〜6cm、わずかに枝分かれし、乾燥すると葉を茎に密着させ(b, d)、湿ると葉を展開する(c, e)。 葉は披針形で、先端は長い透明尖となり、長さ3〜4mm、葉縁は反曲する(f〜h)。透明尖には乳頭はなく少数の大きな歯がある(i)。葉身細胞は矩形で長さ10〜20μm、幅4〜6μm、壁は波状に肥厚する(j〜l)。基部の葉身細胞は上部よりも長く、いずれも表面は平滑で、縁は一層。中肋は細いが強く、葉頂近くまで達する。中肋背面はほとんど平滑。 茎の横断面には中心束はなく、表皮は小形厚膜の細胞からなる(m)。葉の横断面には中肋に明瞭なガイドセルは無く、葉下部の中肋では背側にステライドがみられるが(p)、葉中央から上部ではステライドはない(n, o)。 |
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屋外でルーペでみたとき、茎の途中で葉の間に朔が沈生しているように見えたが、標本をよく見ると朔ではなく、雄器だった(q, r)。雄苞葉が造精器を包み込むように取り囲み、まるで朔のような姿となっていた(r, s)。苞葉を取り外してみると、造精器の束が露出した(s 右)。 雄苞葉は長卵形〜楕円形で、長さ1.0〜1.5mm、葉先は鈍く尖り、中肋が葉先近くに達する(t, u)。雄苞葉には透明尖はないかあっても短く、葉上半部の葉身細胞壁は波状に肥厚しているが(v)、葉の下半部の葉身細胞は大型薄膜で平滑な細胞となっている(w, x)。
スライドグラスや白色の湿布に葉を並べると、葉先の透明尖が非常にわかりにくくなるが、サフラニンで染めて並べると、先端まで明瞭に形を捉えることができる。
[修正と補足:2010.03.08]
トカチスナゴケは、Noguchi(Part2 1988)でクロカワキゴケ Racomitrium heterostichum の変種 R. heterostichum var. diminutum として記載されている。Iwatsuki "New Catalog of Mosses of Japan"(2004) では R. laetum のシノニムに落とされている。 さらに、保育社図鑑(1972)にはクロカワキゴケの解説はあるがトカチスナゴケには全く触れていない。一方、平凡社図鑑(2001)には、トカチスナゴケについてだけ種の解説があり、クロカワキゴケについては検索表に簡略な説明を記してあるだけだ。さらに両図鑑共に、クロカワキゴケやトカチスナゴケについて、葉身細胞の長さや葉縁基部の細胞の縦壁の様子についての記述はない。したがって、この両者の図鑑から明瞭に両種の差異を読み取ることは難しい。そこで、前記のNoguchiをていねいに読むと、この両種について、葉身細胞の長さと、葉縁基部1列の "細胞壁が波打たない透明細胞" の数の違いが浮かび上がるようだ。
クロカワキゴケの葉身細胞の長さは15μmを超えず、葉基部の均一肥厚細胞列を構成する細胞数は3〜6個、トカチスナゴケでは葉身細胞の長さは12〜25μm、葉基部細胞列の細胞数は10〜15個となる。これにしたがって、本標本を含め計4点の標本を再検討してみた。
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