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[標本番号:No.402   採集日:2008/03/29   採集地:栃木県、佐野市]
[和名:ヤノネゴケ   学名:Bryhnia novae-angliae]
 
2008年4月27日()
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
 先月29日、栃木県佐野市で、日なたの細枝を包み込み、そこから長く垂れ下がったツヤのある蘚類がついていた(a, b)。肉眼的にはアオギヌゴケ科ないしヤナギゴケ科の蘚類のように見えたが、とりあえず持ち帰ってきていた。今日それをはじめて調べてみた。
 不規則に羽状に分枝した植物体は、乾湿に関わらず葉は展開した状態のままであること、茎葉も枝葉も中肋は一本であり、葉長の2/3から葉頂近くに達し、葉縁は鋸歯状、枝幅は葉を含めて0.8〜1.2mmであること、などを現地で目視とルーペで確認してあった(c〜e)。
 茎葉は卵状披針形〜三角形状披針形で、長さ1.2〜1.8mm、全周にわたって小さな歯があり、中肋が葉長の2/3〜3/4に達する(f, i)。枝葉は長卵形〜狭三角形で、先は細長く尖り、長さ1.0〜1.5mm、葉の全周にわたって鋸歯があり、中肋が葉頂に達する(g〜i)。
 葉身細胞は、茎葉と枝葉でほとんど差異はない。葉先付近では長楕円形〜長菱形〜線形で、幅6〜8μm、長さ20〜30μm、葉の中程では線形で、幅5〜7μm、長さ40〜50μm、翼部の細胞は顕著な区画を作らず、やや幅広大形の矩形の細胞が連なる(j〜o)。
 
 
 
(m)
(m)
(n)
(n)
(o)
(o)
(p)
(p)
(q)
(q)
(r)
(r)
 葉の先端部と基部を除く大部分の葉身で、葉身細胞の背面上端には明瞭な突起がある。この突起は顕微鏡下で、葉身細胞の輪郭に合焦して見ていると分かりにくいが、合焦位置を変えたり、斜光照明で見ると顕著にわかる(p〜r)。中肋背面上半部にも小さな歯が散在する(p)。
 なお、葉の横断面切り出しはうまくできなかった。中肋にステライドは見られない。茎の横断面をみると、表皮は厚膜の小さな細胞からなり、中心束は不明瞭。枝の横断面でも同様。

 不規則に羽根状に分枝し、茎の横断面で表皮細胞は厚膜小型、葉は披針形で長い中肋が一本、葉身細胞は線形、翼部の発達が悪い、などからアオギヌゴケ科に間違いないだろう。翼細胞が明瞭な区画をなさないから、ヤナギゴケ科は考えなくてもよさそうだ。
 属への検索表をたどると、ヤノネゴケ属 Bryhnia 以外は観察結果とかなりかけ離れる。種への検索表と、ヤノネゴケ属に掲載された種をみると、該当するのはヤノネゴケ B. novae-angliae だけが残る。ヤノネゴケは非常に変異が大きいと、多くの図鑑に記されている。つい先日も、同じ佐野市で採集したヤノネゴケを観察したが(No.400)、現地では同一種には見えなかった。つまるところ、いまだにヤノネゴケについての概念が把握できていないからだろうか。