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[標本番号:No.408   採集日:2008/03/29   採集地:栃木県、佐野市]
[和名:オオベニハイゴケ   学名:Hypnum sakuraii]
 
2008年5月14日(水)
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
 3月末に栃木県佐野市の標高260mあたりの林道で採取した蘚類を取り上げた。黄緑色でツヤのある蘚類が、陽当たりのよい乾燥した岩壁から垂れ下がるようについていた。岩壁をはい、そして垂れ下がる茎は、長さ6〜10cm、不規則に疎らに分枝し、軽く羽状になる(b, c)。
 枝は葉を含めて、幅1〜1.5mm、長さ6〜20mm。乾燥しても葉にシワはよらず、茎に接したり縮れることなく、湿っているときと姿はあまり変わらない(d)。茎葉は長さ1.5〜1.8mm、広卵形の基部から披針形に細長く伸び、先が鎌形に曲がり、葉縁上部には微歯がある。中肋は2本で、あまり目立たないものやら、葉長の1/2に達するものまである(f, g)。
 枝葉は茎葉より狭い披針形で、長さ1〜1.3mm、茎葉と同じく先が鎌形に曲がり、葉縁上部には微歯がある(e, f)。中肋は目立たないものが多いが、多くは短いものが2本ある(f, g)。
 葉身細胞は、茎葉も枝葉もほぼ同様、線形で、幅3〜4μm、長さ60〜80μm(i)、葉先ではやや短い(g)。翼部はあまり分化せず、方形〜矩形の薄壁の細胞が数個ある(h)。茎葉の横断面を切り出してみた(j)。茎の横断面をみると、表皮細胞は薄壁で大形の細胞からなり、しばしば潰れたり膜の外側が破れている。中心束はほとんどみられない(k)。
 枝葉の葉身細胞を観察していると、背面上端に微突起をもった葉がみられた(l)。同じ枝についた葉の多くには、この微突起はみられなかった。同じ茎から出た数本の枝の葉を、計30枚ほどみたが、4〜5枚には顕著な微突起がみられた。

 このコケの検鏡は、4月中頃には済んでいたのだが、どの属に落ちるのか、迷いに迷って、結局最近あらためて再度検鏡して、どうやらハイゴケ属 Hypnum の蘚類だろうと考えるに至った。先月観察した枝葉の葉身細胞には、背面上部に微突起が目立った。2枚みて両者ともに微突起がみられたのが、迷いの大きな原因となった。
 あらためて再度、いくつもの枝葉を30枚ほど観察してみると、70〜80%の葉では、葉身細胞上部の微突起が全くみられなかった。そこで、あらためて、葉身細胞上部の微突起は全く無視して検索をたどることにした。浮かび上がってきたのはハイゴケ属だった。
 観察結果にもとづいて、平凡社図鑑でハイゴケ属から種への検索表にあたってみると、ヤマハイゴケ H. subimponens ssp. ulophyllum に落ちる。しかし、ヤマハイゴケについての解説には、葉身細胞背面上端の微突起については触れていない。標本No.88も決定的な決め手を見つけられないままに、ヤマハイゴケとしたが、本標本も自信のなさについては、全く同様だ。本標本もヤマハイゴケではないのかもしれないが、現時点ではヤマハイゴケとしておく。

[修正と補足:2008.05.14   pm4:30]
 識者の方から貴重なコメントをいただいた。第一点は茎の表皮細胞の件。茎の横断面の写真は、(k)が代表とすれば「表皮細胞は大形・薄壁・透明でよく分化」とは言えない、という指摘である。そこで、先に切り出して撮影した茎の横断面の他の写真(m, n)も掲載した。
 これら(k, m, n)をみて、上記のように「表皮細胞は薄壁で大形の細胞からなり、しばしば潰れたり膜の外側が破れている」と表現したわけである。ところが、横断面の写真の中に妙な画像があった。茎表面の1/3ほどが大形薄膜の細胞で、3/4はやや厚壁の小さな細胞である(o)。さらにこの画像には、葉の基部あるいは翼部らしきものも写っている。
 

 
 
(m)
(m)
(n)
(n)
(o)
(o)
(p)
(p)
(q)
(q)
(r)
(r)
 茎の横断面の表皮細胞と思いこんだものは、実は葉の翼部の大形細胞だったわけだ。つまり、茎を広く包み込むようについた葉の基部を一緒に切り出していたわけだ(p)。その結果、葉の翼部の大形細胞を、茎の表皮細胞と思いこんでしまったのだろう。
 そこで、あらためて、茎から葉を取り除いて、葉の基部などが残っていないことを確認して、茎の横断面を慎重に切り出た(q)。これをみると、茎の表皮細胞は、やや厚膜で小さな細胞から構成されていることが分かる(r)。重要な形質を見誤っていたことになる。
 
 
 
(s)
(s)
(t)
(t)
(u)
(u)
(v)
(v)
 もう一つ、「翼部は“片側だけ”をこすり取るようにすれば壊れずに剥がせます」とのコメントもいただいた。そこで、実体鏡の下で、片側だけを壊さぬよう、葉を切り出してみた。葉の全体像は崩れたが、翼部は比較的よく残すことができた(s〜v)。

 再検証の結果にもとづいて、再び平凡社図鑑のハイゴケ属の検索表をたどると、識者からの指摘のように、「コマノハイゴケ・クチキハイゴケか,又はオオベニハイゴケ・ヒメハイゴケのグループということに」なる。しかし、これらの種についての解説は、本標本がいずれの種に落ちるのかを明らかにしてくれない。朔を確認できれば、新たな手がかりを得られるかもしれないが、本標本を採取した場所に再びたどり着ける確率は低い。したがって、朔を確認することは無理だろう。
 以上の経緯などから、本標本No.408は [ハイゴケ属] と修正することにした。ご指摘とコメントありがとうございます。

[修正と補足:2010.05.27]
 本標本をオオベニハイゴケと修正した。この2年間に、オオベニハイゴケを5〜6回ほど採取し、ハイゴケと比較しながら観察もしてみた。本標本のことはすっかり忘れていた。つい最近、識者の方から「まちがいなくオオベニハイゴケです」とのコメントをいただいて気づいた。あらためて本標本をオオベニハイゴケ(標本No.647 ほか数点)と比較して再検討したところ、間違いなさそうだ。
 

 
 
(za)
(za)
(zb)
(zb)
(zc)
(zc)
(zd)
(zd)
(ze)
(ze)
(zf)
(zf)
 再検討にあたっては、主に枝葉の翼部と葉身細胞を重点的にみた。ここには新たに撮影した二つの標本(No.408 と No.647)の画像だけを掲載した。ご指摘ありがとうございました。