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[標本番号:No.451   採集日:2008/06/24   採集地:東京都、奥多摩町]
[和名:ヤスダゴケ   学名:Anomobryum yasudae]
 
2008年8月1日(金)
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
 すでに1ヶ月以上前の6月24日のこと、四六時中小さな沢の支流に洗われる石灰岩壁に群生していたコケを採集した(a)。常時水流に浸った場所では特に高密度で大きな厚味のあるマットを作っていた(b)。近寄るとどうしてもカメラが濡れてしまい、撮影に難儀した。
 茎は、ツヤのある黄緑色で、葉を鱗状につけ、長さ4〜6cm、葉を含めた幅は0.8mmと細く、基部でわずかに分枝する。乾燥しても(d)、湿っていても(e)、姿はほとんど変わらない(c〜e)。どちらかというと、乾燥時よりも、濡れているときの方が、葉が茎に密着して細くみえる。
 葉は広卵形〜広楕円形で、深く凹み、長さ1.2〜1.8mm、葉頂は鈍頭で、全縁(f〜h)。葉の基部は、赤褐色の茎に流れるように繋がり、茎との境界は判然としない。このため、葉を取り外すと、基部に茎の表皮が必ずついてくる(f)。中肋は葉頂に達する。
 
 
 
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
 葉身細胞は幅広の線状六角形で、茎の上部の葉では長さ50〜90μm、幅15〜20μmで比較的薄膜だが(i)、茎の中程から下につく赤みを帯びた葉ではやや厚膜で、虫状に屈曲する(j)。葉身細胞は、葉頂付近では短くなり(k)、葉の基部近くでは、薄膜で矩形の細胞が連なる。葉身細胞の大きさには、非常に大きなバラツキがあり、同一の茎につく葉にも関わらず、長さ120μmの細胞中心の葉や、長さ60μm前後の細胞ばかりの葉もあった。茎との境界が判然としない部分では、大形で矩形の細胞が並ぶ。
 
 
 
(m)
(m)
(n)
(n)
(o)
(o)
(p)
(p)
(q)
(q)
(r)
(r)
 茎の上部、中部、下部につく葉、黄緑色や赤褐色の葉を、それぞれ数ヶ所で、横断面を切り出してみた。葉の基部付近では、概ね大きな細胞と太めの中肋がはっきりわかる(m)。葉の中央部付近(n)から、葉の上部(o)に向かうにつれ、葉身細胞も小さくなり、中肋は細くなっていく。同じような位置で切り出しても、葉によって、横断面の中肋の大きさはバラツキが大きく、葉中央部の葉身細胞の径もかなり異なる(p)。茎の横断面には中心束がみられる。仮根の表面には細かな乳頭があり、ざらついて見える(r)。

 茎を一本取りだして置くと、長く伸びきったギンゴケ(標本No.19)のような印象を受ける。ギンゴケと比較すると、葉が茎にはるかに強く密着する。群生したマットは、ギンゴケのそれとは異なり、厚くケバだった絨毯のような印象を受ける。
 ハリガネゴケ科 Bryaceae の蘚類だと判断して、平凡社の検索表をたどると、胞子体がキーとなっている。胞子体をつけた個体は得られなかったので、配偶体の形態を頼りに検索表をたどった。すると「葉はうろこ状に茎につき、湿っても展開しない」という項に落ちる。この仲間には、ギンゴケ Bryum argenteum とギンゴケモドキ属 Anomobryum があげられている。
 ギンゴケモドキ属にはヒメギンゴケモドキ A. filiforme とヤスダゴケ A. yasudae の2種があるとされる。検索表からはヒメギンゴケモドキではなく、ヤスダゴケと考えられるが、ヤスダゴケについては解説がない。保育社の図鑑にも、簡単な2行程度の解説しかない。Noguchi "Moss Flora of Japan" には、図版もあり、観察結果とほぼ近い解説がされている。
 ヤスダゴケについては、平凡社図鑑やNoguchiでは「水生」とあるが、保育社図鑑にはそう言った記述はない。本標本は、水流の中や、その周囲の常時水しぶきを浴びる石灰岩壁を中心に着生していたものだ。
 広島大学デジタル自然史博物館に掲載されたヤスダゴケは、ノートに「中国,朝鮮に分布する.日本では本州〜四国の日当たりのよい路傍の湿った砂質土壌上に生育する.絶滅危惧T類にリストされている種.」と記す。一方、宮城教育大学環境教育実践研究センターによる「oNLINE植物アルバム」では「環境省レッドデータブック 記載なし」と記されている。