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[標本番号:No.594   採集日:2009/02/28   採集地:埼玉県、さいたま市]
[和名:コメバキヌゴケ   学名:Haplocladium microphyllum]
 
2009年3月6日(金)
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
(a) 公園の地表にて、(b) 乾燥時、(c) 湿時、(d) 乾燥時近影、(e) 湿時近影、(f) 不規則羽状に分枝、(g) 茎葉と枝葉、(h) 茎葉、(i) 枝葉、(j) 茎葉の葉身細胞、(k) 茎葉の先端の細胞、(l) 茎葉の翼部の細胞

 2月末にさいたま市の公園で採集した蘚類を観察した。木陰の石碑脇の地面に、多数の朔をつけ薄い層をなして群生していた(a)。乾燥すると、葉がやや縮れ軽く茎に密着し、湿ると広く展開する(b〜e)。茎は不規則羽状に分枝し、柔らかく繊細で、茎の途中から朔をだす(f)。
 茎葉は長さ0.8〜1.2mm、広卵形で急に細くなり、針状となって伸びる。葉縁には小さな歯があり、中肋が葉先に達する(g, h)。枝葉は茎葉より小さく、卵状披針形で、長さ0.7〜0.9mm、中肋は葉先に達する(g, i)。
 茎葉の葉身細胞は、不規則な方形〜多角形でやや角ばり、長さ8〜15μm、中央に一つの大きな乳頭があり葉縁の細胞は平滑(j)。茎葉の先端部では長楕円形で、長さ20〜35μm(k)。翼部はあまり発達せず、方形の細胞が並ぶ(l)。枝葉の葉身細胞は、茎葉のそれとほぼ同じ。枝葉の横断面で、中肋にはガイドセルもステライドもない(s)。
 苞葉は幅広の鞘部をもち披針形で先は長く伸び(n, o)、内側の苞葉は披針形で先端はさほど伸びない(p)。外苞葉では中肋が先端から突出するが、内苞葉では中肋ははっきりしない。内苞葉の葉身細胞は線形で、長さ30〜50μm(q)、基部では矩形の細胞となる(r)。
 
 
 
(m)
(m)
(n)
(n)
(o)
(o)
(p)
(p)
(q)
(q)
(r)
(r)
(s)
(s)
(t)
(t)
(u)
(u)
(v)
(v)
(w)
(w)
(x)
(x)
(m) 枝葉の横断面、(n) 朔柄の基部と苞葉、(o) 苞葉、(p) 内苞葉、(q) 苞葉の葉身細胞、(r) 苞葉の基部、(s) 葉と枝、(t) 葉を取り除いた茎、(u) 茎の横断面、(v) 胞子体、(w) 朔と柄の上部、(x) 気孔

 茎や枝の表面は平滑で、毛葉などはみられない(s, t)。茎の横断面で弱い中心束がみられ、表皮はやや厚膜の小さな細胞からなる(u)。
 胞子体は赤褐色の長い朔柄をもち、長さ25〜30mm。朔は傾いてつき、非相称で、円錐形の蓋、僧帽型の帽をつける。朔柄表面は平滑(v, w)。採集した標本の朔はすべて未成熟だったので、朔歯や胞子の観察はできなかった。朔の基部には気孔がある(x)。

 シノブゴケ科 Thuidiaceae の蘚類だろう。平凡社図鑑の属への検索表をたどると、ハリゴケ属 Claopodium に落ちる。ハリゴケ属の検索表をたどると、ナガスジハリゴケ C. prionophyllum となる。種の解説を読むと、発生環境以外は観察結果とおおむね一致する。ただ、気になるのは、図鑑に「石灰岩上に生える」と書かれていることだ。本標本は公園の地表に群生していた。すぐ脇には大理石の石碑があったが、そこには着いていなかった。さらに図鑑には「矮雄をつくる」とあるので、朔をつけた茎の枝葉を詳細に観察したが、見つけることはできなかった。

[修正と補足:2009.03.31]
 識者の方から「ナガスジハリゴケではなさそうです」とのコメントをいただいた。No.607を再検討した折りに、この標本も再確認することになった。その結果、ノミハニワゴケ Haplocladium angustifolium とするのが妥当と判断した。新たに下記に画像(aa)〜(af)を加えた。
 

 
 
(aa)
(aa)
(ab)
(ab)
(ac)
(ac)
(ad)
(ad)
(ae)
(ae)
(af)
(af)
(aa) 茎と枝、(ab) 葉を取り外した茎、(ac, ad) 茎の毛葉、(ae) 茎葉背面の葉身細胞、(af) 茎葉腹面の葉身細胞

 この蘚類をコバノキヌゴケ属 Haplocladium ではなくハリゴケ属と考えた最大のよりどころは、茎や枝に毛葉が見られない、ということだった。その結果としてナガスジハリゴケとしたが、ここにはいくつかの気になる点があった。
(1) 発生環境が人家近くの地表であること
(2) 葉の葉身細胞の突起が背面にだけあること
(3) 春先に多数の朔をつけていたこと
(4) 朔の大きさと形が図鑑の記述と異なること
 そこで、はたして本当に茎や枝に毛葉がないのかどうか、葉身細胞の突起は葉の背腹両面にないのか、これらを中心に再度観察してみた。その結果、茎には目立ちにくく小さな毛葉があることが分かった(ac, ad)。任意の個体から数十枚の葉でチェックしたところ、茎葉や枝葉の葉身細胞には、背面にのみ突起があることが確認できた。
 そこで、新たな観察結果を加味して検索表をたどり直すと、コバノキヌゴケ属に落ちる。ついで、属から種への検索表をたどると、ノミハニワゴケ H. angustifolium となる。種の解説を平凡社図鑑、Noguchi (Part4 1991)で確認してみると、観察結果とほぼ一致する。また、「人家近くにも生え、春先にいっせいに赤褐色の朔柄をだして美しい」という記述にも納得できた。
 ご指摘ありがとうございました。

[修正と補足:2009.03.31 その2(pm)]
 朝令暮改だが、本標本をコメバキヌゴケ H. microphyllum に訂正した。識者の方から「ノミハニワゴケではなくコメバキヌゴケです」とのご指摘を受けてはじめて気づいた。さらに、両者の違いをていねいに列挙していただいた。決定的なのは、ノミハニワゴケであれば「葉身細胞の背面上端に乳頭がある」ことだが、本標本では細胞の乳頭は、細胞の腔上にあり、細胞の背面上端にはないことだ。これは、図鑑の「背面上端」を見落としていたことだ。
 誤同定に至った原因は、図鑑の記述の読み落とし、あるいは読み間違いに起因するケアレスミスであった。ありがとうございました。