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[標本番号:No.604   採集日:2009/03/08   採集地:栃木県、栃木市]
[和名:クジャクゴケ   学名:Hypopterygium fauriei]
 
2009年3月19日(木)
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
(a) 石灰岸壁に着いた蘚類、(b) 植物体、(c) 朔をつけた個体、(d) 個体の背面、(e) 個体の腹面、(f) 乾燥時の個体、(g) 扇の腹面、(h) 枝の背面、(i) 枝の腹面、(j) 側葉と腹葉、(k) 側葉、(l) 腹葉

 出流山満願寺奥の院脇の石灰岩壁は一面にタチヒラゴケ Homaliadelphus targionianus に覆われている(a)(alt 400m)。その一隅にクジャクゴケ科の蘚類がややまばらに着いていた(b)。明褐色の朔柄をつけた個体も一つだけあった(c)。一次茎はタチヒラゴケと絡み合って石灰岩上を這い、そこから二次茎を出していた。二次茎は斜上し、上部でうちわ状に多くの枝を分ける。二次茎基部から枝先までの長さは1.5〜2cm(d, e)。乾燥すると縮んでしおれる(f)。
 各枝には左右二列の側葉と腹面に腹葉が規則的に密に並ぶ(g〜i)。側葉は卵状楕円形で、長さ1.3〜1.5mm、左右非相称、葉縁には1〜2細胞列からなる舷があり、葉先は尖る。中肋が葉先近くまで達し、葉面を左右不均等に分ける。中肋に分けられた葉面は、枝先側(上側)が広く縁には下部まで歯があり、枝基部側(下側)では葉上部にだけ歯がある(h〜k)。
 腹葉は類円形で、葉先は細長く突出し、長さ0.8〜1mm、左右相称で、中肋が葉先に達し突出部に連なる。葉縁には舷があり、葉先から葉下部の縁には歯がある(l)。
 
 
 
(m)
(m)
(n)
(n)
(o)
(o)
(p)
(p)
(q)
(q)
(r)
(r)
(s)
(s)
(t)
(t)
(u)
(u)
(v)
(v)
(w)
(w)
(x)
(x)
(m) 側葉中央の細胞、(n) 側葉先端の細胞、(o) 側葉基部の細胞、(p) 腹葉中央の細胞、(q) 腹葉先端の細胞、(r) 腹葉基部の細胞、(s) 側葉中央横断面、(t) 腹葉中央横断面、(u) 鞘と苞葉、(v) 苞葉、(w) 内苞葉、(x) 苞葉の葉身細胞

 側葉の葉身細胞は、葉の中央で六角形〜菱形で、長さ20〜30μm(m)、葉先付近ではやや小さく(n)、葉基部では25〜40m(o)、いずれも平滑でやや厚壁。腹葉の葉身細胞も側葉とほぼ同様だが(p)、突出した先端部では長い菱形(q)、基部ではやや薄膜(r)。葉の横断面は、側葉も腹葉もほぼ同様で、中肋にステライドはなく葉身細胞より小さな細胞が並ぶ(s, t)。
 外苞葉は短く幅広で中肋があり側葉と似た姿、最内側の内苞葉は短く幅広の卵形で、両者の間の苞葉は長卵形で先端は急に細くなって伸びる。内苞葉には中肋はないか、ほとんど目立たない(u〜w)。内苞葉の葉身細胞は、長い六角形で、長さ40〜60μm、やや厚壁(x)。茎の横断面に中心束はない(y)。枝の横断面にも中心束はない。
 
 
 
(y)
(y)
(z)
(z)
(aa)
(aa)
(ab)
(ab)
(ac)
(ac)
(ad)
(ad)
(ae)
(ae)
(af)
(af)
(ag)
(ag)
(ah)
(ah)
(ai)
(ai)
(aj)
(aj)
(y) 茎の横断面、(z) 朔、(aa) 朔歯、(ab) 外朔歯と内朔歯上部、(ac) 外朔歯下部、(ad) 外朔歯先端、(ae) 内朔歯中央、(af) 朔基部にある気孔、(ag) 気孔、(ah) 朔柄上部、(ai) 朔柄上部、(aj) 朔柄上部の表皮細胞

 朔柄は茎の上部につき、長さ2cmほどで、明褐色(c)。朔は傾いてつき、卵形で非相称、長さ2.5〜3mm(z)。朔歯は二重で、それぞれ16枚からなる(aa)。口環の有無は不明瞭。外朔歯は披針形で、下部には横条があり表面は微細な乳頭に覆われ、尖端部は透明でやや大きな乳頭に覆われる(ab〜ad)。内朔歯は高い基礎膜をもつ(ab, ae)。朔の基部には気孔がある(af, ag)。朔柄の表面は下部では平滑だが、上部では小さな乳頭が見られる(ah〜aj)。

 各枝が同一平面上で分枝し、全体がクジャクの羽のような形となることから、クジャクゴケ属 Hypopterygium の蘚類に間違いない。保育社図鑑の検索表をたどると、朔柄の色および側葉中央の葉身細胞のサイズ、さらに中肋の長さで二つに分かれる。観察結果からヒメクジャクゴケ H. japonicum におちる。種の解説は非常に簡単なので平凡社図鑑を見ると、これもまた解説が短く、あまりにもあっけない。Noguchi (Part4 1991) を参照すると、詳細な解説がされていた。観察結果の数値とはいくらかのズレがあるが、ヒメクジャクゴケに間違いなさそうだ。
 なお、現地でみた個体には朔をつけたものが一つだけしかなく、すでに胞子や蓋、帽などは失われていた。また、外朔歯は既に何度も開閉を繰り返していたと思われ、軽く触れただけでバラバラになったり欠けてしまい、内朔歯と分離できなかった。ヒメクジャクゴケを採集したのはこれで二度目だが、先に観察した標本No.346には朔の蓋や帽が着いていた。

[修正と補足:2011.1.1]
 2010年10月に四国の面河渓で採取したクジャクゴケを観察していて、本標本No.604の同定が誤っていることに気づいた。そこでクジャクゴケと訂正した。
 あらためて乾燥標本を水で戻してみて、観察し直しその画像を下記に掲載した。おもに、葉の中肋および歯のつきかたと葉身細胞の大きさを、二つの標本(No.604、No.887)を比較しながら再検討した。画像は上段に標本No.604を、下段に標本No.887を配置した。
 

 
 
(604a)
(604a)
(604b)
(604b)
(604c)
(604c)
(604d)
(604d)
(604e)
(604e)
(604f)
(604f)
(887a)
(887a)
(887b)
(887b)
(887c)
(887c)
(887d)
(887d)
(887e)
(887e)
(887f)
(887f)
(604a) 水で戻した標本、(604b) 側葉と腹葉、(604c) 側葉の上半、(604d) 葉身細胞、(604e, 604f) 腹葉; (887a) 水で戻した標本、(887b) 側葉、(887c) 側葉の上半、(887d) 葉身細胞、(887e, 887f) 腹葉

 これをみると、No.604の側葉では中肋が葉頂部からかなり下で消えている。一方、No.887の側葉では、いま少し葉頂部の近くまで達している。側葉の中肋を軸に幅広側の葉縁にある歯は、No.604では葉の下半部にまであり、No.887では上半部の途中までしかない。
 両者の側葉なり腹葉を、同倍率の対物レンズで見ると細胞が網目のように見えるが、その網目の粗さが明らかに違うことがはっきり分かる。No.604では網目が大きく荒いが、No.887では網目が小さく目が詰んでいるように見える。これは葉身細胞の大きさが明らかに違うからだ。そこで、葉身細胞の大きさを計測すると、No.604では25〜45μm、一方No.887では15〜25μmとなる。
 保育社や平凡社図鑑の説明を読むと、No.604はクジャクゴケの特徴がみられ、No.887はヒメクジャクゴケの特徴がみられる。なお、腹葉の中肋の長さはあまり安定した形質ではないようだ。