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[標本番号:No.712   採集日:2009/08/20   採集地:埼玉県、秩父市]
[和名:カマサワゴケ   学名:Philonotis falcata]
 
2009年9月10日(木)
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
(a, b) 植物体、(c) 乾燥時、(d) 湿時、(e, f) 葉、(g) 葉背面先端、(h) 葉背面中央、(i) 葉背面基部、(j) 葉腹面先端、(k) 葉腹面中央、(l) 葉腹面基部

 標本No.711には全く別の種類の繊細な蘚類が混成していた。それを新たにNo.712として別標本とした。茎は立ち、長さ1〜2.5cm、基部でわずかに分枝する。やわらかい感じの蘚類だ(a, b)。乾燥すると、葉に縦しわができ茎に密着気味になり(c)、湿るとやや展開する(d)。
 葉は長さ0.9〜1.4mm、卵状披針形で、葉縁には微歯があり、葉先は鋭頭(e, f)。中肋は葉頂近くに達し、背面上部で細胞先端が弱く突出する(g)。葉身細胞は矩形で、長さ15〜35μm、背面は平滑だが(h, i)、腹面では上端に明瞭な乳頭がある(j〜l)。翼部は明瞭には分化しない(i, l)。
 
 
 
(m)
(m)
(n)
(n)
(o)
(o)
(p)
(p)
(q)
(q)
(r)
(r)
(m) 茎と葉の横断面、(n) 葉の横断面、(o) 茎の横断面、(p) 葉の腹面、(q) 茎の下部、(r) 仮根

 葉の横断面で中肋にはステライドはない(m, n)。茎の横断面には弱い中心束があり、表皮細胞は大形で薄膜(m, o)。茎の下部は茶褐色の仮根に密に被われる(b, q)。仮根の表面は平滑(r)。

 タマゴケ科 Bartramiaceae サワゴケ属 Philonotis の蘚らしい。ここまでは間違いない。
 平凡社図鑑の検索表をたどると、サワゴケ P. fontana か、カマサワゴケ P. falcata のいずれかとなる。カマサワゴケは「葉は中肋部で竜骨状に畳まれるが、縦ひだはない。中肋は葉先の直下で終わる」とされ、サワゴケは「葉は竜骨状に畳まれないが、縦ひだがある。中肋は葉先に届くか、短く突出する」とある。これを読むと、サワゴケの方に分がある。
 一方、保育社図鑑の検索表を素直にたどると、サワゴケには落ちずに、カマサワゴケないしナガバサワゴケ P. lancifolia に落ちる。両図鑑では検索の最初キーからしてかなり違う。どちらかといえば、ナガバサワゴケに分がある。
 両図鑑で候補に挙がった種の解説を読んでみても、観察結果はそれらの解説とは異なるように思える。本標本の葉に縦ひだはないが、竜骨状に畳まれることはない。葉縁は平坦で、背方への巻き込みもない。中肋はほぼ葉先に届く。葉身細胞の乳頭は腹側上端にあって背側にはない。また、葉の翼部に多数の方形の細胞は並ばない。
 かつて朔をつけたサワゴケ(標本No.462)を観察しているが、本標本とは葉の形がどうも違う。Noguchi(Part3: 1989)も参照したが、サワゴケとすべきかナガバサワゴケとすべきかわからない。サワゴケについての解説は、平凡社図鑑よりも保育社図鑑の方に詳しい。本標本は、どちらかといえば、サワゴケに近い。同定はそういった判断による。

[修正と補足:2009.09.11]
 識者の方からカマサワゴケではあるまいか、とご指摘をいただいた。再検討の結果、カマサワゴケに修正することにした。もともと、とりあえずサワゴケと同定したものの、どうもおかしいと感じていたものなので、さっさと朝令暮改となった。
 カマサワゴケとは考えず、ナガバサワゴケあるいはサワゴケと考えたのにはそれなりの理由があったが、肉眼的な葉の形が大きな要因を占める。そこで、あらためて、同一標本の別の個体から、葉の形を主体に再検討してみた。
 

 
 
(s)
(s)
(t)
(t)
(u)
(u)
(v)
(v)
(w)
(w)
(x)
(x)
枝から外して半日放置した葉 → (y)
(y)
(z)
(z)
(aa)
(aa)
(s) 乾燥状態、(t) 湿った状態、(u) 取り外した葉、(v) 葉:背面、(w) 葉:腹面、(x) 葉の先端と縁、(y) 乾燥しきった葉、(z) 唯一竜骨状になった葉、(aa) 大部分の葉

 葉について、(1) 乾くと縦ひだはできるか、(2) 中肋部で竜骨状に畳まれるか、(3) 葉縁は背方へ巻き込むか、(4) 中肋は葉先に届くか、という項目について、標本全体の傾向はどうなっているのかを調べてみた(s〜x)。
 その結果、(1) 乾燥すると、多くは縦ひだが生じる。(2) 葉上部が竜骨状に折りたたまれる葉はほとんどなく、大部分の葉では腹側に折り曲がる程度でしかない。(3) 葉縁は平坦なものが多いが、葉上部の縁が背方へ巻き込むものもかなりある。(4) 中肋は葉先に届かないものが多く、葉先から突出するものはない。
 結果としては、典型的な葉形ではないが、カマサワゴケとするのが適切だと思える。ご指摘ありがとうございます。