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[標本番号:No.762   採集日:2009/10/01   採集地:群馬県、水上町]
[和名:キダチミズゴケ   学名:Sphagnum compactum]
 
2009年11月13日(金)
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
(a, b) 植物体、(c) 採取標本、(d) 標本近影、(e) 開出枝と下垂枝、(f) わかりにくい茎葉、(g) 茎の表皮、(h) 茎の横断面、(i, j) 茎葉、(k) 茎葉上部、(l) 茎葉中央

 9月に採集したミズゴケ類の観察と同定作業がようやく一段落した。既に何度も観察覚書に掲載した種については、ていねいな写真は撮らず、結果のチェックだけ済ませて標本箱に収めた。今日からは10月中に採取した標本の観察と同定作業にかかることになった。
 群馬県の上州武尊山の中腹には幾つもの湿原がある。その一つ標高1500mにある小さな湿原で、久しぶりにキダチミズゴケ Sphagnum compactum にであった(a, b)。このミズゴケに出会ったのはほぼ一年ぶりのこと(標本No.551)。
 ちょっと見た目には、ミズゴケ節 Sect. Sphagnum の蘚類のようにみえる。開出枝の枝葉が上を向き、枝が密集してゴワゴワと硬い感じがする。茎や枝の表皮細胞には螺旋状肥厚がなく、枝の横断面の葉緑細胞はムラサキミズゴケのように、小さくて透明細胞に包まれている。フィールドでみても直ぐにそれとわかる特徴的なミズゴケだ。

 ミズゴケ節でないことを確認するために、念のため最初に茎や枝の表皮を観察した(g, m)。どこにも螺旋状肥厚は見られない。茎の表皮細胞に孔はなく、横断面で表皮は2〜3層で木質部とは明瞭な境界をなす(g, h)。枝の表皮のレトルト細胞は3〜4列に密集してつき、首がやや突出している(m, n)。
 採取した標本では茎葉がいずれも崩れていて、整った姿のものはなかった。サフラニンで染めてもよく見ないと茎葉がどのようについているのかはっきりしなかった(f)。茎葉は短舌形で、長さ0.6〜0.7mm、葉上部は不規則に裂けたような形となっている(i, j)。茎葉の透明細胞には孔や糸はなく、ときにわかりにくい偽孔がみられる(k, l)。
 

 
 
(m)
(m)
(n)
(n)
(o)
(o)
(p)
(p)
(q)
(q)
(r)
(r)
(s)
(s)
(t)
(t)
(u)
(u)
(v)
(v)
(w)
(w)
(x)
(x)
(m) 枝の表皮、(n) 枝の横断面、(o) 開出枝の葉、(p) 同前:背面、(q) 同前:背面上部、(r) 同前:背面中央、(s) 開出枝の葉:腹面上部、(t) 同前:腹面中央、(u) 下垂枝の葉、(v) 同前:背面上部、(w) 同前:背面中央、(x) 同前:腹面中央

 開出枝の葉は卵状楕円形で、長さ2.5〜3.2mm、枝の基部と先端部では葉が小さく、中央部につく葉が最も大きく、いずれも深く凹み、葉先には不規則な歯がある(o, p)。開出枝の葉の背面上部には偽孔が、中央部には貫通する孔がある(q, r)。腹面上部には偽孔があるが、中央部には糸ばかりで偽孔はほとんどない(s, t)。
 下垂枝の葉は、枝の基部では小さな卵形で長さ1.2〜2mm、中央部〜枝先では卵状楕円形〜披針形で、長さ1.8〜3.2mm(u)。下垂枝の葉の透明細胞は開出枝の葉とは異なり、背腹両面共に全体にわたって貫通する孔が多数ある(v〜x)。
 
 
 
(y)
(y)
(z)
(z)
(aa)
(aa)
(ab)
(ab)
(ac)
(ac)
(y〜ab) 開出枝の葉の横断面、(ac) 下垂枝の葉の横断面

 枝葉の横断面を開出枝の葉と、下垂枝の葉とで分けて切り出してみた。いずれも葉緑細胞は透明細胞に包み込まれるように中央に小さく配置していて、背腹両面とも表には現れない。下垂枝の葉の透明細胞には、葉緑細胞と隣接する位置に貫通する孔が多数あるので、横断面を切ると多くの切片で、透明細胞の孔が明瞭に見られた(ac)。