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[標本番号:No.0922   採集日:2010/05/09   採集地:栃木県、栃木市]
[和名:コチョウチンゴケ   学名:Mnium heterophyllum]
 
2010年5月29日()
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
(a, b) 植物体、(c) 乾燥時、(d) 湿時、(e, f) 葉、(g) 葉の上部、(h) 葉縁の双歯、(i) 葉身細胞と舷、(j) 葉基部の細胞、(k) 葉の横断面、(l) 茎の横断面

 5月9日に栃木県の鍾乳洞(alt 300m)で、入口を入って数メートルの石灰岩壁に小さなコケが多数ついていた(a)。観光洞ではないため、鍾乳洞の入口付近はとても暗く、懐中電灯で照らしながら悪い足場に難儀しながら撮影した。標本を開くとすっかり乾燥して、葉が強く巻縮していた(c)。しばらく水没させておくと葉が広がってきた(d)。
 茎は高さ1.0〜1.5cm、葉をややまばらに2列につける。葉は卵形で、長さ2.2〜3.0mm、葉先は鋭頭、葉縁には全周にわたって2〜3細胞列の舷があり、葉の上半部には鋭い双生の歯がある。中肋は葉頂近くに達するが(g)、葉頂までは達せず背面は平滑。葉身細胞は丸みを帯びた多角形で、幅30〜45μm、葉基部の中肋近くでは50μmを超えるものがあり、表面はマミラ状。葉の横断面で、中肋には中心束様の組織がある。茎の横断面には中心束がある。

 チョウチンゴケ科 Mniaceae チョウチンゴケ属 Mnium の蘚類にはまちがいない。検索表からはコチョウチンゴケ M. heterophyllum とナメリチョウチンゴケ M. lycopodioides の二つが候補にのこる。この両者のいずれかであることは間違いなさそうだ。
 中肋背面が平滑で葉頂に届かないこと、および葉身細胞の大きさに重きを置くと、コチョウチンゴケとなる。コチョウチンゴケと考えると、葉縁の舷が葉頂付近でも明瞭なことや、乾燥標本にすると黒緑色になるという点が疑問となる。
 一方、ナメリチョウチンゴケと考えると、葉身細胞がかなり大きめであり、中肋が葉頂に届かないことが疑問となる。過去にナメリチョウチンゴケと同定した標本(No.863No.627No.134)と比較してみると、何となく違う。葉身細胞の大きさは明らかにこれら3標本よりずっと大きい。
 上記の考察を踏まえて、コチョウチンゴケとして扱っておくが、ナメリチョウチンゴケとした方が適切なのかもしれない。乾燥標本の色については、時間経過にしたがって黒みが増すのかもしれない。

[修正と補足:2010.05.31]
 識者の方からコメントをいただいた。2点ほど指摘があった。ひとつは、葉身細胞の写真(i)に細胞壁のくびれがなく、形と大きさにバラツキが大きいこと。いまひとつは、茎下部の葉の形と中肋の様子についての照会だった。そこで、あらためて充分成長した何本かの個体について、茎下部の葉と上部の葉について再検討してみた。下記の画像はそれらのうちの一部である。
 

 
 
(m)
(m)
(n)
(n)
(o)
(o)
(p)
(p)
(q)
(q)
(r)
(r)
(m) 再検討した個体の一つ、(n) 茎下部と上部の葉、(o) 茎下部の葉の上半、(p) 茎下部の葉の葉身細胞、(q) 茎上部の葉の上半、(r) 茎上部の葉の葉身細胞

 すっかり巻縮した標本は水没させてから葉が開くまでに10分以上必要だった。下部の葉は、長さ1.3〜1.8mmと小さく、葉縁の歯はあまり目立たず、中肋は葉頂からはるか下で消える。一方、上部の葉は長さ3.0〜3.5mmと大きく、葉上半部の縁には双生の歯があり、中肋はほぼ葉頂近くに達する。葉身細胞については、茎下部の葉でも上部の葉でもほとんど同一で、細胞の大きさにはバラツキが大きく、長さ25〜50μm、細胞壁にくびれなどはみられない。どの部位の葉であれ、葉上部の葉身細胞はやや小振りで長さ20〜35μm、葉中央部の葉身細胞は上記のようにバラツキが大きく、葉基部近くの細胞は全体に大きめで長さ35〜55μmほどある。
 最初に観察した時(5/29)に取り扱った個体は、全体が緑色で比較的若いものだったので、今回は充分生育したと思われる個体を選んだ。それらの個体では、茎が上部まで赤褐色で、葉の中肋や舷も赤みを帯びていた。充分成長した個体であれば、Noguchi(Part3 1989)の Figure221.の図 m に描かれたように、葉身細胞の壁にくびれが見られるかもしれないと思ったが、結果は上記に記したとおりとなった。コチョウチンゴケにしても、典型的なものからは外れているようだ。変種ないし亜種のような位置づけのものかもしれない。
 コメントありがとうございました。