[標本番号:No.1022 採集日:2010/10/12 採集地:愛媛県、久万高原町] [和名:マルフサゴケ 学名:Plagiothecium cavifolium]
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2010年12月23日(木) |
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(a, b) 植物体、(c) 標本:乾燥時、(d) 標本:湿時、(e) 乾燥時、(f) 湿時、(g) 水没時、(h, i) 葉、(j) 葉の基部、(k) 葉身細胞、(l) 葉の先端、(m) 葉基部の下延部、(n) 葉の横断面、(o) 茎の横断面、(p, q) 苞葉、(r) 苞葉の葉身細胞 |
愛媛県の面河渓で遊歩道脇の岩についていた蘚類を観察した(標高700m付近)。岩の上で光沢のあるマットを作り、多くの朔をつけていた。茎は基部近くで分枝し、枝は長さ1〜1.5cm、葉を含めた幅は2〜5mm、葉を背面に2列、腹面に2列、側面に2列の径6列に扁平につける。乾燥すると、葉に弱い縦皺ができるが、縮れることはない。
葉は卵形でやや非相称、長さ1.8〜2.5mm、葉先は広いが鋭く尖り、基部の両端からは透明な細胞が茎に下延する。葉先付近に小さな歯もあるが、葉縁はほぼ全縁。中肋は二叉して短い。葉身細胞は紡錘形〜線形で、80〜120μm、幅8〜12μm、下部ではやや厚壁で、全体に平滑。葉の翼部は明瞭には分化しないが、細胞は幅広で短く、下延部では透明な矩形となって、他と明瞭な区画をなす。茎の横断面には弱い中心束があり、表皮細胞はやや大きめで薄壁。雌苞葉は広く鞘状の基部から急に細くなって先は尖る。
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(s) 胞子体、(t) 朔:湿時、(u) 朔:乾燥時、(v) 朔歯、(w, x, y) 外朔歯、(z, aa, ab) 内朔歯、(ac) 朔基部の気孔、(ad) 胞子 |
朔柄は黄褐色〜赤褐色で長さ2.5〜3.5cm、表面は平滑。朔は筒形で、長さ3mm前後、緩く弓形に曲がり非相称。朔は二重で、それぞれ16枚。外朔歯は披針形で下部には横条があり、上部は乳頭に被われる。内朔歯の基礎膜は低く、間毛と葉突起がある。朔の基部には少数の気孔がある。胞子は球形で径10〜12μm。
偽毛葉や無性芽はみつけられなかった。また、蓋をともなった朔はなく、朔歯もかなり崩れ始めたものばかりだった。サナダゴケ科 Plagiotheciaceae の蘚類だろう。平凡社図鑑の検索表からは、オオサナダゴケモドキ P. euryphyllum に落ちる。平凡社図鑑には属の説明で「(茎には)中心束はなく」とあるが、本標本では弱い中心束がみられる。かつてオオサナダゴケモドキと同定した標本(No.428、No.184)でも弱い中心束がみられた。
図鑑には「葉腋に数細胞からなる線形または紡錘形の無性芽をつける」と記されているので、いろいろ探してみたが見つからなかった。朔に口環があるかどうかは確認できなかった。
[修正と補足:2010.12.24]
識者の方から、本属の場合“葉身細胞の幅”は重要な分類形質であり、「幅8〜12μm」であればマルフサゴケになるのでは、といったご指摘をいただいた。そこで、先にオオサナダゴケモドキと同定した標本2点(No.184、No.428)と、葉身細胞の幅を主体に、あらためて再検討してみた。その結果、マルフサゴケ P. cavifolium と修正した。ご指摘ありがとうございます。
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(184a) |
(184b) |
(184c) |
(184d) |
(184e) |
(184f) |
(428a) |
(428b) |
(428c) |
(428d) |
(428e) |
(428f) |
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(184a) 標本、(184b) 乾燥時、(184c) 湿時、(184d) 葉、(184e) 葉身細胞、(184f) 葉先、 (428a) 標本、(428b) 乾燥時、(428c) 湿時、(428d) 葉、(428e) 葉身細胞、(428f) 葉先 |
[上の段:標本No.184、下の段:標本No.428]
確かに、本標本の葉身細胞は、オオサナダゴケのそれと比較して圧倒的に幅が広い。そこで、あらためて幾つもの個体から任意に葉を取り外して、葉身細胞を計測してみた。
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(ae) |
(af) |
(ag) |
(ah) |
(ai) |
(aj) |
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(ae) PhotoRulerで葉身細胞の幅を計測、(af) 葉、(ag, ai) 葉身細胞、(ah, aj) 葉の先端 |
上記にアップした葉や葉身細胞の画像は、再度計測したもののうちの一部だが、他の葉でも計測結果はおおむね似通っている。なお、日常的にサイズの計測にあたっては、
(1) 顕微鏡を覗きながら、接眼ミクロメータを目安にして計測結果をメモする
(2) 検鏡写真を撮って、それをPhotoRulerで計測し、上記(1)の結果と比較記録する
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という手順をとっている。最終的にはPhotoRulerによる計測値を採用することが多い。
顕微鏡を覗きながらの計測は意外と当てにならない。接眼ミクロメータの目盛りをみて値を割り出すことになるのだが、ここで問題が生じる。葉身細胞の幅や長さを計測する場合、普通は40倍の対物レンズを使う。この場合、接眼ミクロメータの一目盛りはおおむね2.5μm前後となる(正確には対物ミクロメータを使ってあらかじめ計測しておく必要がある)。
ところが、なんといっても目盛りひとつが2.5μmである。目盛りドンぴしゃなどということは滅多にない。普通はいくつかの目盛り+αとなる。このα部分をどう読み取るかは人によってかなり違いが出る。葉の中央部の葉身細胞を測る場合でも、複数の計測結果が必要となる。ところが、これが結構面倒で大変な作業となる。
一方、PhotoRulerなどの計測ソフトを使うと、マウスをあてるだけで、次々にサイズを計測し記録していってくれる。同じものを重複して測ることもない。計測が終わればただちに、最大値・最小値・平均値・標準偏差などを表示してくれる(ae)。顕微鏡画像をパソコン上にキャプチャーしていればそのまま計測も可能だが、これらのソフトを使うには検鏡写真が必要になる。
例示に上げた葉身細胞では、幅の最大値が13.7μm、最小値が7.6μm、平均値は11.2μmとなった(ae, ag)。最初にこの標本を計測した葉では、同様に計測した結果を四捨五入したところ8〜12μmだった。いずれにせよ、このサイズであれば、オオサナダゴケモドキとは言い難い。
なぜ判断を誤ったのか、振り返ってみた。まずは、平凡社図鑑の検索表のとらえ方にあったようだ。「C. 葉の下延部は・・・葉基部の他の細胞から明瞭に区別される」or 「・・・あまり明瞭に区別できない」で、前者を選んだことによる。これは画像(i, j, m)を「明瞭に区別される」と捉えたことによる。残る選択肢からはオオサナダゴケモドキだけが残る。
茎に弱い中心束があったり、葉身細胞の幅が広めのことは多少気になったが、あまり追求することなく、種の解説を読んで、これも変異の範囲だろうと決めつけてしまったことによる。これがさらなる思い込みを呼び起こしたといえる。あらためてこの属の種の解説を読んでみると、この属に関しては葉身細胞の幅という形質は分類上の大きな要素を占めている。
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