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[標本番号:No.564   採集日:2008/12/20   採集地:山梨県、丹波山村]
[和名:ジムカデゴケ   学名:Didymodon rigidicaulis]
 
2008年12月30日(火)
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
 山梨県丹波山村の林道に脇の石灰露岩についていたコケを何種類か採集した(alt 700m)。今日は、そのうちのひとつ、センボンゴケ科 Pottiaceae と思われるコケを観察した(a, b)。
 茎は長さ12〜20mm、上部は緑色だが茎の大部分では褐色で、わずかに分枝する。葉は、緑褐色〜褐色で、乾燥すると縮み、茎に接着気味になり(c, e)、湿ると反り返って広く開出する(d, f)。葉は卵状の基部を持った広い披針形で、長さ1.2〜1.4mm、やや鋭頭、葉縁は下部でやや反曲し、上部では平坦、中肋が葉先まで達する(g, i)。KOH反応は赤色〜赤褐色(h)。
 葉身細胞は、上部から中央下部までは丸みのある方形〜広楕円形、長さ8〜10μm、表面にはC字形のパピラを2〜4もつ(l)。中肋背面の細胞にも、葉身細胞と同じようなパピラがある(m)。葉基部の細胞は、透明な矩形で、長さ15〜30μm、表面は平滑で、緑色でパピラを持った部分とはややあいまいな境界をなしている(j, n)。葉の横断面をみると、中肋の背面には数少ないステライドが見られるが、腹面にはほとんどなく、葉上部ではステライドはまったくない(o〜s)。
 
 
 
(m)
(m)
(n)
(n)
(o)
(o)
(p)
(p)
(q)
(q)
(r)
(r)
(s)
(s)
(t)
(t)
(u)
(u)
 茎は横断面で円形で、非常に弱い中心束があり、表皮細胞は厚壁で小さい(s, t)。無性芽や葉腋毛のようなものはない。上に葉身細胞表面のパピラはC字形と書いたが、はなはだ心もとない。そこで、さらに倍率を上げて、合焦位置を変えてパピラの様子を撮影した(u)。これを「C字形」といってよいのかまったく自信は無い。

 センボンゴケ科には間違いないと思う。しかし、どの属の種なのかどうしてもたどり着けなかった。平凡社のセンボンゴケ科の検索表をたどると、フタゴゴケ属 Didymodon も候補の一つに残るように思えた。現地でもジムカデゴケ D. rigidicaulis かチュウゴクネジクチゴケ D. constrictus かもしれないと思っていた。ジムカデゴケの茎は横断面で三角形という。チュウゴクネジクチゴケは褐色で球形の無性芽をもつという。したがって、この両者とも違うようだ。
 検索表からは、エゾネジレゴケ属 Desmatodon なども候補の一つになりうるが、平凡社図鑑に記載された3種に、符合するものはなさそうだ。検索表をやや甘く読み取り、KOH反応を考慮するとアカハマキゴケ属 Bryoerythrohyllum も候補に上る。種への検索表からはコアカハマキゴケ B. rubrum var. minus が候補に上る。Noguchi(1987-1991) を読むと、観察結果と符合する形質は多い。しかし、平凡社図鑑の検鏡図(82p. Fig.19)をみると、観察結果とはかなり異なる。朔をつけた個体がないことが痛いが、いずれにせよ決め手がない。

 以下の点については、多くの個体で確認したが、どれもまったく自信がもてなかった。
(1) 葉身細胞表面のパピラを「C字形」といってよいのかどうか
(2) 茎の横断面の様子を「弱い中心束あり」としてよいのかどうか
(3) 葉の横断面を「中肋背面だけにステライドあり」としてよいのかどうか
(4) 葉のKOH反応「赤色〜赤褐色」は属の同定にどの程度重みをもっているのか
(5) 無性芽を見つけられなかったが「無性芽は無い」としてよいのか

[修正と補足:2009.01.01]
 識者の方からコメントをいただいた。チュウゴクネジクチゴケは明らかに違い、上記 (1)〜(3) について、(1) C字形とはいえない、(2) 中心束がある、(3) 中肋背面だけにステライドありと思える、という。また、ジムカデゴケでは茎が多少三角形になる(more or less rounded-triangular)こと以外に,両翼の下に長い「下延部」ができ、下延部は細く長く、葉を外しても茎に残るらしい、とのことだった。さらに、外観からはギボウシゴケ科にも似ているという。
 

 
 
(v)
(v)
(w)
(w)
(x)
(x)
(y)
(y)
(z)
(z)
(aa)
(aa)
 「C字形」であるが、Malcolm, B. and N. 2006. "Mosses and other bryophytes an Illustrated Glossary second edition. 336pp., Micro-Optics Press, New Zealand." にきれいな顕微鏡写真が掲載されている(v)。初版には用語解説だけあり、このような写真は無かった。これをみると、写真(u)とはかなり違う。たしかに「C字形」とは言えないようだ。
 平凡社図鑑のフタゴゴケ属の検索表では、冒頭で「茎の断面は三角形。葉基部は茎に沿って長く下延する。中肋の腹面表皮細胞は長楕円形」との選択肢があり、ジムカデゴケはその特徴を備えている3種のうちの二つ目に掲載されている。
 茎の断面をあらためて多数切り出してみた。心持ち三角形に近いすがたの茎もあるが、やはり大方は円形である(z)。葉基部の下延の様子を再確認してみた(aa)。この写真から「葉基部は茎に沿って長く下延する」と言えるのかどうか判断しかねる。
 葉の中肋腹面を、葉の中央付近(w)と下部(x)で再確認した。葉下部には「長楕円形」の細胞があるが、葉の上部から中央部では、中肋腹面の細胞は葉身部の細胞と変わりない。
 種の解説に「葉縁はほぼ全縁、中部で狭く反曲し」とあるが、これは観察結果とほぼ一致する(y)。葉腋毛はあるが「葉腋毛に数細胞性の褐色で球形の無性芽」はみあたらない。
 上記のような再観察結果から、ジムカデゴケとしてよいかどうかは何とも言いがたい。やはり、観察結果からは、無性芽が無く、茎の横断面が円形であり、パピラの様子も図鑑に記述される「膨れてマミラ状になり、3〜5個の低いパピラがある」状態とは異なる。
 ギボウシゴケ科の蘚類について、観察結果と近い形質状態をもったものを平凡社図鑑にあたってみたが、それらしき種はみつけられなかった。したがって、今の時点ではやはりセンボンゴケ科の蘚類らしいが、どの属に該当するのか分からないとしかいえない。
 コメントありがとうございます。

[修正と補足:2010.05.10]
 本標本をジムカデゴケと修正した。今日、識者の方から「No.564はジムカデゴケだと思います」とのコメントをいただいた。つい最近、岡山県の石灰岩地で採取した標本No.910をジムカデゴケと同定した(5月7日)。このとき、過去に肉眼的・顕微鏡的所見がほとんど同じ蘚類があったことを思い出し、この標本を再検討していた。ちょうど「修正と補足」を書いて訂正しようと思っていた矢先のことだった。コメントありがとうございます。