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[標本番号:No.587   採集日:2009/02/07   採集地:静岡県、河津町]
[和名:オオトラノオゴケ   学名:Thamnobryum subseriatum]
 
2009年2月16日(月)
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
(a〜c) 植物体、(d) 乾燥時、(e) 湿時、(f) 茎、(g) 茎葉(赤色)と枝葉、(h) 茎葉、(i) 茎葉先端、(j) 茎葉中央、(k) 茎葉下部、(l) 茎葉横断面  [(g), (l)  赤色はサフラニン染色]

 伊豆半島の旧天城トンネル近くの沢(alt 640m)で、大形の蘚類が転岩から腐植土上にかけて広く群生していた(a〜c)。一次茎ははい、仮軸分枝した二次茎は立ち上がり、茎の上部で枝分かれし、枝は横に広がり樹状になる。乾燥すると枝を巻き込むように軽く縮れる(d, e)。
 一次茎の葉はほとんど崩れていて形はよくわからなかった。二次茎の葉は狭い二等辺三角形で、茎の下部ではまばらで小さく、上部ではやや大きくわずかに密につくが、どの場所でも、枝葉に比べてかなり小さい(f〜h)。葉の写真(g)では上段にサフラニンで染めた茎中程の葉を、下段に枝の中程の葉を並べた。枝葉は枝の先端と基部で小さく中央部で大きい。写真の枝葉(g)は枝の中央付近に位置するものを選んだ。
 茎葉は平らで、長さ1〜1.2mm、葉先付近に小さな歯があり、中肋が葉頂近くまで達する。茎葉の葉身細胞は上部から中部までは菱形で、長さ15〜25μm(i, i)、下部ではイモムシ形〜ゆがんだ紡錘形で、長さ40〜60m、平滑(k)。茎葉の横断面では幅広い中肋があり(l)、中肋の横断面にガイドセルやステライドはない(m)。
 
 
 
(m)
(m)
(n)
(n)
(o)
(o)
(p)
(p)
(q)
(q)
(r)
(r)
(s)
(s)
(t)
(t)
(u)
(u)
(v)
(v)
(w)
(w)
(x)
(x)
(m) 茎葉中肋の横断面、(n) 茎の横断面、(o, p) 枝葉、(q) 枝葉の上部背面、(r) 枝葉上部、(s) 枝葉中央、(t) 枝葉下部、(u) 枝葉横断面、(v, w) 枝葉中肋の横断面、(x) 枝の横断面  [(m), (n)  赤色はサフラニン染色]

 茎の横断面には中心束がある(n)。枝葉は卵形〜長卵形で、枝の中央付近でもっとも大きく、長さ2.5〜3.2mm、ボート状に大きく凹み、葉頂は広く、大きな歯がある(o, p)。中肋が葉頂近くに達する(p, q)。中肋の上部背面には小さな歯が散発的に並ぶ(q)。
 枝葉の葉身細胞は、葉の上半では丸みを帯びた菱形〜多角形、長さ10〜18μm(r, s)、葉の下部では矩形〜長楕円形で、長さ25〜40μm、平滑でやや厚壁(t)。葉の横断面で(u)、中肋にはガイドセルもステライドもない(v, w)。枝の横断面には中心束はない(x)。
 
 
 
(y)
(y)
(z)
(z)
(aa)
(aa)
(ab)
(ab)
(ac)
(ac)
(ad)
(ad)
(ae)
(ae)
(af)
(af)
(ag)
(ag)
(ah)
(ah)
(ai)
(ai)
(aj)
(aj)
(y) 朔柄基部と苞葉、(z, aa) 苞葉、(ab) 苞葉先端、(ac) 苞葉中央、(ad) 胞子体、(ae, af) 朔、(ag) 蓋を外した朔、(ah, ai) 外朔歯、(aj) 外朔歯の上部

 苞葉は内側で大きく、外側では小さく、長さ1〜1.5mm、将棋の駒のような形で葉先が急に細くなり、葉先付近に小さな歯があり、中肋は目立たないほど小さいか、全くない(y〜aa)。苞葉の葉身細胞は、葉の上部では厚壁の菱形で、長さ15〜30μm(ab)、葉の下半では矩形から長い紡錘形で、長さ30〜65μm、厚壁(ac)。
 胞子体は、上部の枝の途中に複数つき、赤褐色で、柄の長さ1.8〜2cm。朔は傾いてつき、長卵形で、非相称、蓋には長い嘴がある(ad, ae)。朔歯は内外二重で、それぞれ16枚(af, ag)。外朔歯と内朔歯はほぼ同長。外朔歯は披針形で(ah, ai)、上部の透明部分には梯子段のような構造で、表面には微細なイボがある(aj)。外朔歯の中部から下部には横条がある(ak, al)。
 
 
 
(ak)
(ak)
(al)
(al)
(am)
(am)
(an)
(an)
(ao)
(ao)
(ap)
(ap)
(aq)
(aq)
(ar)
(ar)
(as)
(as)
(at)
(at)
(au)
(au)
(av)
(av)
(ak) 外朔歯の中央、(al) 外朔歯下部、(am) 口環、(an) 口環の構成要素、(ao) 内朔葉、(ap) 内朔葉上部、(aq) 内朔葉中央、(ar, as) 気孔、(at) 朔外側の表皮、(au) 朔内側の表皮、(av) 朔の横断面

 口環がよく発達している(am, an)。内朔歯には高い基礎膜があり(ao)、歯突起や間毛の表面には微イボがある(ap)。朔の基部、朔柄に近い部分には気孔がある(ar, as)。朔の外側の表皮は丸みを帯びた多角形から矩形で厚壁(at)、内側の表面は類球形の薄膜の細胞が並ぶ(au)。朔を横断面で切り出して(av)、朔の壁をみた(aw)。
 
 
 
(aw)
(aw)
(ax)
(ax)
(ay)
(ay)
(az)
(az)
(ba)
(ba)
(aw) 朔の横断面、(ax) 朔柄の横断面、(ay) 朔柄基部の横断面、(az) 胞子、(ba) 胞子を包む膜

 朔柄の表面は平滑、柄の中央付近と、鞘に包まれ配偶体に陥入した部分で横断面を切り出してみた(ax, ay)。胞子は球形で、径10〜12μm。朔の内部で胞子を包む膜は透明で薄膜の細胞からなる(ba)。

 オオトラノオゴケ科 Thamnobryaceae の蘚類には間違いないだろう。二次茎にはまばらに小さな三角形の葉が扁平につき、細い柄のようになるから、キダチヒダゴケ T. plicatulum としてよいと思う。当初オオトラノオゴケだろうと思っていたが、二次茎と茎葉の様子がちょっと違うことに気づいた。
 平凡社図鑑によれば、オオトラノオゴケの二次茎は「下部から葉を密につけ」とある。一方、キダチヒダゴケの二次茎は「下部には小形の三角形葉がまばらにつき、細い柄のようになる」とある。ただ、キダチヒダゴケでは「二次茎や枝の葉の中肋背面は平滑」とあるが、本標本の枝葉の中肋背面には小さな歯がある(q)。さらに [分布] に「本州(近畿以西)〜」とあるが、採集したのは静岡県伊豆半島南部の湿った沢沿いの斜面である。野口(1976)によれば「生態的には、オオトラノオゴケが、どちらかといえば陽地に生じるのに、この種は樹陰、湿気の多いところに群生する」とあり、この記述とはピッタリ一致する。また、図のキダチヒダゴケとはよく似ている。「葉は乾くと、浅く縦じわができる」とあるが、乾燥状態の葉をみても、どうもはっきりとはわからない。

 過去にオオトラノオゴケと同定した標本が4点あるが(No.12No.27No.53No.92)、これらの茎葉を今一度ていねいに観察して、改めて同定結果を再検討する必要があると感じた。

[修正と補足:2009.02.17 pm7:00]
 識者の方から「オオトラノオゴケではないか」とのご指摘をいただいた。キダチヒダゴケは一目で分かるほど違うという。改めて、キダチヒダゴケについて書かれた文献にいくつか目を通した結果、オオトラノオゴケとするのが妥当と判断し訂正した。
 

 
 
(No.12)
No.12
(No.27)
No.27
(No.53)
No.53
(No.92)
No.92
 手元のオオトラノオゴケと同定した4点の標本について、茎葉、枝葉、枝葉中肋背面の突起、枝葉の葉身細胞などを再検討してみた。これらすべてについて、枝葉の中肋背面には歯牙状の突起があった。さらに、本標本との決定的な相違は見つからなかった。