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[標本番号:No.0975   採集日:2010/06/12   採集地:長野県、山ノ内町]
[和名:カヤゴケ   学名:Rhynchostegium inclinatum]
 
2010年9月9日(木)
 
(a)
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(b)
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(c)
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(d)
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(e)
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(f)
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(g)
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(h)
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(i)
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(j)
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(k)
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(l)
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(m)
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(n)
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(o)
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(p)
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(q)
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(r)
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(a) 植物体、(b) 標本:乾燥時、(c) 標本:湿時、(d) 乾燥時、(e) 湿時、(f) 茎葉と枝葉、(g) 茎葉、(h) 茎葉の葉身細胞、(i) 茎葉の翼部、(j) 茎葉の先端、(k, l) 枝葉、(m) 枝葉の葉身細胞、(n) 枝葉の翼部、(o) 枝葉の先端、(p) 茎葉の横断面、(q) 枝の横断面、(r) 茎の横断面

 6月12日に長野県志賀高原で、日陰の岸壁に続く湿った岩穴の入口から垂れ下がっていた繊細な蘚類を観察した(alt 1600m)。茎は不規則に分枝し、枝にはやや扁平気味にまばらに葉をつける。乾燥しても葉は枝に接することなく、湿時とあまり姿は変わらない。
 茎葉は長さ1.5〜2.0mm、卵状披針形で漸尖し長く尖る。葉縁には全周にわたって細かな歯があり、特に上半部では顕著である。中肋は弱く、葉長の2/3あたりに達し、先端部に刺はない。葉身細胞は長い線形で、長さ80〜120μm、幅5〜8μm、薄膜で平滑。翼部はあまり発達せず、他から明瞭には区別できない。枝葉は茎葉よりやや小型だが、形や葉身細胞の様子は茎葉のそれとほぼ同様。葉縁の歯が茎葉より明瞭で相対的にやや大きい。茎や枝の横断面には弱い中心束があり、表皮細胞はやや小型で薄膜。毛葉は無性芽は見あたらない。

 胞子体をつけた個体は見あたらなかった。現地では当初ヤナギゴケ科 Amblystegiaceae の蘚類のように感じたが、ルーペでみると葉の翼部が明瞭な区画をなしていない。茎葉の基部の端は細く下延しているが、翼部の細胞はほとんど分化していない。そこで、アオギヌゴケ科 Brachytheciaceae カヤゴケ属 Rhynchostegium の蘚類だと思った。該当するのはコカヤゴケ R. pallidifolium しかない。これまでに観察してきたコカヤゴケの標本(No.799, No.598, No.13)とも比較してみたが、何となく雰囲気が違うように思える。葉先がねじれた葉はなく、過去の3点の標本とは葉形が何となく違う。過去の標本の同定に誤りがあるのか、本標本の同定に誤りがあるのかもしれない。いずれにせよ、この同定結果ははなはだ心許ない。

[修正と補足:2010.09.12]
 カヤゴケ R. inclinatum と修正した。識者の方から指摘をいただいたこともあり、あらためて、本標本と前述のコカヤゴケ標本3点とを対比しながら、葉形を重点的に観察しなおした。本標本の先端部は相対的にやや幅広で、先が捻れたものはなかった。それに対して、他の標本3点では、大部分の茎葉で葉先が非常に狭く、多くがねじれていた。さらに本標本の枝葉先端は、過去のコカヤゴケ標本より全体に幅が広い。これらが見た目の印象の違いを醸し出していたのだろう。
 これと先の観察結果などにもとづいて、あらためてNoguchi(Part4 1991)にあたってみた結果は、カヤゴケと同定するのが妥当と思われる。Noguchiには、R. pallidifolium (コカヤゴケ)について「This species is characteristic in its oblong-lanceolate branch leaves with a long-acuminate apex and with oblong laminal cells.」と記されている。葉身細胞の長さも本標本と過去の3点を比較してみた。本標本のそれは、過去のコカヤゴケ標本の葉身細胞よりも、統計的に有意の差を持って短いことが判明した。誤りの原因は、平凡社図鑑の検索表で、(カヤゴケの)「枝葉は鋭頭。葉身中部の細胞は長さ110μm以下」とあるため、最初から除外してしまっていたことによる。いわば思い込みによる判断ミスといえる。ご指摘ありがとうございました。