2015年6月3日(水) 再び「ミズベノニセズキンタケ」について
 山渓『日本のきのこ』、同 『フィールドブック きのこ』にはミズベノニセズキンタケという名称で水流に浸った細枝などから出る子嚢菌が紹介されている。そして学名にCudoniella clavus (Alb. et Schw.: Fr.) Dennisがあてられている。春から初夏にかけて日本のどこにでも見られかのように記されている。確かにこの時期に小川や小さな沢をジックリと観察すると、図鑑の写真とそっくり、あるいはよく似た子嚢菌が結構な頻度で見られる(a〜f)。
 過去15年以上ゴールデンウイーク前後から6月の頃になると、各地でミズベノニセズキンタケと思われるきのこを採取してきた。写真(a〜f)は一昨日のものを含めてその一部だ。2000年頃まではこれらのきのこはCudoniella clavusだとばかり思っていた。たとえ顕微鏡で詳細に観察しても、山渓図鑑だけを見ている分には、何ら疑問点は生じない。
 
(a)
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(b)
(b)
(c)
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(d)
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(e)
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(f)
(f)
(a) 2002.6.9 日光市、(b) 2005.5.3 川内村、(c) 2006.5.13 日光市、(d) 2008.5.5 いわき市、(e), (f) 2015.5.28 福島市

 ところが、保育社『原色 日本新菌類図鑑 II 』を見た途端に疑問が生じてくる。というのは、「子嚢頂孔はヨード反応陰性」(p.263)と記述されているからだ。これまでに観察した「ミズベノニセズキンタケ」と思われる子嚢菌のヨード反応はすべてアミロイド、すなわち子嚢頂孔はメルツァー試薬のもとで青色に変色した(雑記2003.5.7[追記]同2006.5.15同2008.5.8、等々)。先月末(6月28日)に採取した子実体(e, f)の子嚢頂孔もアミロイド反応を示していた(i〜k)。
 ただ、はっきりしていることがいくつかある。これまで数十ヶ所の数百の子実体群の子嚢頂孔を検鏡した結果は、すべてがヨード反応陽性(アミロイド)であり、ヨード反応陰性(非アミロイド)のきのこは一点もなかった。また子嚢胞子のサイズも保育社図鑑にあるサイズ(10〜15×4〜5μm)ばかりではなく、これより20%ほど大きかったり小さかったりするものがざらにある。
 
(g)
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(h)
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(i)
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(j)
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(k)
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(l)
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 これは何を意味するのだろうか。もしC. clavusという子嚢菌の子嚢頂孔がアミロイドなら、保育社図鑑の記述が誤りということになる。また、C. clavusという子嚢菌の子嚢頂孔が非アミロイドなら、日本にはC. clavusという子嚢菌の存在は疑わしいことになる。しかし、Friesの時代にはメルツァー試薬はまだないから、原記載にアミロイドか否かの記述はないはずだ。
 厳密には、ホロタイプ(もしあれば)等にあたるとともに、Friesによる原記載から、R. W. G. Dennisまでの変遷を論文上からも追いかけて検討しなくてはならないのだろうが、そういった分類学的な検証は非常に手がかかる上に面倒だ。それに、だいたいが分類学的再検討とか種の同定といったものにはいまやほとんど関心がない。
 学名のC. clavusをあてるのが適切かどうかは別として、わが国で春〜初夏に発生する「ミズベノニセズキンタケ」の子嚢頂孔はほぼ大部分がアミロイド反応を示す。


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