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簡易ミクロトームのこと

この記事は「今日の雑記」2006年11月18〜28日をそのまま転載したものである

 
2006年11月18日()
 
簡易ミクロトーム (1)
 
 カミソリとピス(a)だけで薄い切片を切り出せる人もいる(b)。しかし、よほど慣れないと、30μm以下の厚さに切り出すのは至難の業だ。ピスを使って、徒手だけで切り出すには一定の習熟が必要だ。「キノコカッター」にはこだわらずに、従来から使われてきた道具の改善策を考えるのもよいだろう。そのひとつが携帯用の簡易ミクロトーム(c)の見直しだ。
 
 
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
 簡易ミクロトームを使を使えば、切片の切り出しは格段に楽になる。先に使い捨て注射器(d)を使う方法を紹介した(「きのこの話題」→「ピスを使った切片作成」)。他にも、長ナットを利用したものや、硬質塩化ビニル管を利用したものなども、考案されている。
 市販品の卓上ハンドミクロトームでは10μm単位で繰り出し量を調整できる。写真(c)の簡易ミクロトームは、故池田和加男氏によって数十個ほど限定製作されたものだ。(株)ミツトヨ製マイクロメータヘッドを使い、1μm単位で繰り出し量を調整できる優れものだ。
 しかし、これらの簡易ミクロトームにも問題が多く、必ずしも使いやすいとはいえない。せっかく簡易ミクロトームを持っていても、それを使わずに、ピスを指先に摘んでそれを直接カミソリで切っている人が多い。早い話、自分でも長いことそうだった。

 今日から静岡県で行われる遠州灘合宿(いわゆるケシボウズ合宿)に参加するため、明日と明後日の雑記はお休みである。


2006年11月22日(水)
 
簡易ミクロトーム (2)
 
 ふだん切片を切り出すにあたっては、ニワトコやキブシのピスと両刃カミソリだけを使ってきた。池田製簡易ミクロトーム(a)は持っていても、ごくたまにしか使うことはなかった。これには、いくつかの理由があるが、要は面倒くさいことが主たる理由である。
 
 
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
 「キノコカッター」=「使い勝手の良い簡易ミクロトーム」と位置づけてみると、この簡易ミクロトーム(a)の使い勝手を検証することは意義があろう。そう思い、ここしばらくは、あえて意識的に簡易ミクロトームを使ってみた。30μm以下の切片作りは思いの外楽だった。
 プレパラート未経験者にも使ってもらった。徒手だけでは100〜150μm厚を切るのさえ難儀する人でも、かなり楽に、40〜50μm厚を切り出せることが分かった。少しの練習で25〜30μm厚は楽に切り出せるようになるかもしれない。

 この簡易ミクロトームについては、故池田氏が二つの問題点を指摘していた。一つは、径の異なるピスを如何に固定するか、今ひとつはどのような刃物でカットするか。このため、初期機(d)と最終機(e)とでは、ピスの固定方法に変更が加えられている。
 簡易ミクロトームを使うには、試料を挟んだピスを穴に挿入する。穴の内径とピスの外形がピッタリと一致していれば、ぐらつくことなく、安定してカットできる(b)。しかし、天然のピスには太さのバラツキが大きい。したがって、たいていはピスと穴との間には隙間ができる(c)。
 隙間をそのままにして刃をあてると、ぐらついて安定しない。位置がずれたり、ピスが回ってしまう。そこで、どうやってピスを安定させるかが課題となる。初期機では、つっかえ棒でピスを一方向から押さえた(d)。最終機では、板バネで周りから締め付ける形になった(e)。
 この簡易ミクロトームを使う場合、ガラス面のステージにあてる刃物には、刃の薄い両刃カミソリは不適だ。刃先が湾曲してしまうからだ。そこで、故池田氏は、研ぐことのできる刃を持ったナイフを使うことにした。ヤスリの片面を研いで作ったものだ(f)。

 池田製簡易ミクロトーム(a)は、使い勝手のよい道具であるが、私的に30個ほど作り、それらを一部の人たちに製作原価を割って、ケース・ナイフ付きで1万円ほどで頒布したものだ。したがって、誰かが放出しない限り、この簡易ミクロトームを入手することはできない。
 ちなみに、市販の卓上簡易ミクロトームは、ピスを挟む径がとても大きく、固定は押さえ金具をねじ込む方式をとったものが多い。このままでは、ニワトコやキブシのピスを使うには穴径が大きすぎる。価格が5万円以上と高いのも難点である。
 この池田製簡易ミクロトームをそのままのかたちで、あるいはその改良型として再び世に出すことは、切片作りで難儀している人にとって福音となるのではあるまいか。金属加工とガラス加工を外注すれば、比較的楽に製作できるのではないか。


2006年11月23日()
 
簡易ミクロトーム (3)
 
 ここ何日かの間、薄片作成には、もっぱら池田製と注射器ベース(a)の簡易ミクロトームを使った。きのこがないので、多くはコケの葉の横断切片作成で使った(こけの部屋)。
 
 
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
 ここでは、いんたん池田製簡易ミクロトームから離れて、使い捨て注射器を使った簡易ミクロトームについて再考察してみる。使い捨てのポリプロピレン製注射器には、いろいろなサイズがあるが、ミクロトームとして適しているのは、2.5ml、5.0mlあたりとなる。
 長崎の中学校理科教師らによるサイトで紹介している簡易ミクロトームは、10mlのポリプロピレン製注射器を利用しているが、シリンダーの内径がやや太すぎるように思える。得やすいピスの径を考えると、2.5mlないし5.0mlの注射器を使う方がよさそうだ。
 上記サイトで紹介しているものは、ピストン部の底に釘を4本つける。ピスのブレを防止するためだ。2.5mlや5.0mlの注射器を使う場合は、虫ピンを2本つけるだけで絶大な効果がある(b)。何らかの固定なしだと、カミソリをあてたときに、ピスがぶれやすい。
 ポリプロピレンは柔らかいので、ピストン底部に針などつけずとも、シリンダー部の側面から虫ピンを刺すだけで固定効果は大きい。ブレも防いでピストンも動かしたければ、シリンダーに縦の切れ目を入れるとよい(c)。ここに虫ピンを刺せば、ピストンは上下する(d, e)。
 両刃カミソリをそのままあてると、柔らかいため湾曲してピスを抉ってしまう。こうなると薄切りはできない。そこで、簡単には曲がらない刃物を使う必要がある。硬めの片刃カミソリを使うなり、柄のついた安全剃刀を使うとよい(f)。写真の物は100円ショップで5本100円の製品だ。

 注射器利用の簡易ミクロトームは、誰にでもすぐ作れて、安価であり、ピスを手持ちで切るよりはるかに楽に切片を切り出すことができる。ポリプロピレンを切ったり、縦のスリットを入れるには、カッターを熱してあてれば力は全くいらない。
 この簡易ミクロトームを使用する場合の、最大のポイントはピストンの繰り出し量の調整であろう。シリンダーに書かれた目盛はひとつが1.6mもあるので、目安にはならない。ピストンを少し押したら、ピスの出っ張りを指先で確認することが必要だ。慣れると、平滑なのか20〜30μm出っ張っているのかは、比較的楽に分かるようになる。


2006年11月24日(金)
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
 このところ、あえて簡易ミクロトームを使って切片を作成してきた。もっぱら池田製簡易ミクロトームポリプロピレン製注射器ミクロトームの両者を使って、コケを切ってみた。ふだんはあまり使わない道具を使っての切片作成だ。コケを使ったのはキノコが無いからだ。
 それらのうちの一つを記しておこう。ここで使っているのはサナダゴケ科の小さな蘚類である。群生してマット状になるが(a)、ひとつ一つのコケは1.2〜2.4cmほどの高さで、薄い一層の細胞からなる小さな葉がついている(b)。この葉の横断面を切りだしてみた(c, e)。
 蘚類では葉の横断面の観察が重要だ。ふだんはピスに直接挟んで切っていた。今回は簡易ミクロトームの使い勝手を検証するため、この小さな葉(c)をピスに挟んでミクロトームに挿入した。ルーペを使っての作業である。葉をそのままスライドグラスに置くと細長い細胞が見える(d)。
 葉の横断面の切り出し幅の目標値を15〜20μmとした(f)。葉(c)の青色線に挟まれた幅である。簡易ミクロトームを使わずに切り出した場合、25回ほど試みてやっと横断面を観察することができた。池田製簡易ミクロトームでは5回ほどで可能だった。
 ポリプロピレン製注射器で作成した簡易ミクロトームを使って切り出したところ、15回ほどやって横断面切り出しに成功した。何も使わず直接ピスを手に持ってカミソリをあてた場合より確実だった。よほどピスを使い慣れていなければ、道具無しでは全く不可能だろう。
 切り出した切片の幅が15μmを越えると、組織が倒れてしまって横断面を観察することはできなかった(f)。しかし、慣れないとこれらの道具を使っても、40〜50μmの幅を切り出すことも至難の業となる。小型のコケの場合、横断面の観察は難しいが、キノコのヒダ切片や傘表皮であれば、60μmの厚さに切り出せれば十分である。簡易ミクロトームの効果は絶大だ。
 
 
 
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
 実際に過去に雑記で取りあげたヒダ切片の低倍率写真をいくつか並べてみた。(g)はオウギタケでこれは120μmほど、(h)はオキナクサハツで80μmほど、(i)のチチタケも80μmほど、(j)はワタヒトヨタケで60μmほど、(k)はウラベニガサで60μmほど、(l)はウラベニガサ近縁種で50μmほどである。いずれも、簡易ミクロトームなどは使わず、1〜2回の切り出しで得た切片だ。
 キノコの場合は、コケのように薄い切片を作る必要はない。切片作りにかなり慣れた人でも30μm以下の厚みに切るのはとても難しい。不慣れな人にとっては、120μmですら難儀するかもしれない。しかし、(g)〜(l)に掲げたように、きのこのヒダでは50〜80μほどの厚みに切れれば目的を果たせる。そうなると、やはり簡易ミクロトームの効果は大きい。
 ちなみに、(g)のオウギタケはヒダを直接指先で摘んで、それにカミソリをあてたもの、(h)のオキナクサハツと(j)のワタヒトヨタケは実体鏡の下で切りだしたもの。(i)、(k)、(l)だけがピスに挟んで切り出したもので、いずれも早朝の慌ただしい時間の作業だった。
 コケに比べると厚くてもよいとはいえ、きのこ固有の難しさがある。それは、ピスで挟むときやカミソリをあてるときに、ヒダを潰さないようにすることだ。これにはまた別の難しさがある。

2006年11月28日(火)
 
簡易ミクロトーム (4)
 
 富山の橋屋 誠・荒木友加さんらが、マユハキタケ情報を求めている。「マユハキタケの発生基物は、これまでの観察ではタブノキが多い。文献(本郷 1989)には、タブノキ以外にツブラジイ、イヌビワがあがっているが本当か? 他の樹木にも生えるか?
 「お知らせ」にも [指名手配3] として記したが、gajinさんの「あやしいきのこ」→「おけら日記 海岸とブナ林 [11月26日]」に、興味深い記事とともに紹介されている。なお、指名手配1指名手配2についても、心にとめて置いていただけるとありがたい。

 先に使い捨て注射器を使った簡易ミクロトームを紹介したが(雑記2006.11.23)、これにはピストン繰り出し加減に「技」が必要という難点がある。そこで、繰り出し量を簡単に微細な単位で調整できる優れものである池田製簡易ミクロトームについて、あらためて考察してみよう。
 故池田氏が問題としていた項目のうち、刃物の件は、片刃カミソリ(刃が厚い)を使うなり、柄のついた安全剃刀を使うことによって、楽にクリアできる。となると、問題となるのは、太さの異なるピスをどう固定するか、という問題だけになる。
 マイクロメータヘッド利用のピストン繰り出し部、アルミ筒のシリンダー部、厚ガラスの切り出し面は現行のままで全く問題ない。改良が必要なのは、ピスを固定する仕組みの部分だけである。従来は、片面からの押し当て板バネによる締め付け、という方式だった。
 どちらの方法にも一長一短があるが、池田製簡易ミクロトームでは、いずれの方式の製品もいわば未完成品だった。ネジをちょっと強い力でゆるめると、簡単に押さえ金具が外れてしまう。この部分を壊れにくくしさえすれば、どちらの方式でもよいと思う。
 筒先端径をネジで調整する方式も考えられる。テーパ状のネジ割れ目である。ネジを締めると内径が細くなる。雌ネジ側に穴アキガラスとなる。要は、簡素で耐久性があり、使い勝手のよい簡易ミクロトームであればよい。金属加工に携わっている人なら楽に作れそうだ。

[参考] かつて小型ミクロトーム試作で利用した業者など
○マイクロメータヘッドの製作・販売
 株式会社 ミツトヨ   シグマ光機 株式会社
○ガラス販売と穴あけ加工
 オーダーガラス板ドットコム
○精密試作品加工関連
 有限会社 安久工機   野方電機工業 株式会社


[補足]   さらに昔の類似記事
 
2002年6月13日(木)
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
 ふだん切片の作成には、たいてい発泡スチロール製ピスと両刃カミソリを4つに割って使っている(a)。ピスとしてはニワトコ(b の左上)やヤマブキ(b の右下)の髄が最適なのだが、最近はこれがなかなか入手しにくい。そこで発砲スチロール(b の中)を使う頻度が高くなった。これなら1m長のものが100円ほどでいつでも入手できるのでいくらでも使える。ただ、薄片を切り出したときにクルクルと丸まってしまうという欠点がある。
 ここ一番という様なときはしばしば簡易ミクロトーム(c, d)を使っている。写真はかつて日野市のI氏が精密測定機器のマイクロメータをベース制作されたもので、仲間内では通称「I氏の秘密兵器」として通っている。多少のコツがいるが比較的楽に薄片を切り出すことができる優れものだ。「I氏の秘密兵器」を作るのは大変だが、使い捨て注射器を利用したものなら簡単に作れる。「簡易ミクロトームの製作と活用」にその作り方が詳細に紹介されている。おまけに注射器の内径とピッタリの発砲スチロールも販売されている。手作業だけで薄片を作るのが難しいと思ったら試してみる価値がありそうだ。

2003年6月16日(月)
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
 ピスを使うと比較的楽に薄片がつくれる。とはいっても、かなりの慣れが必要であり、口で言うほど簡単には薄く切れない。そんなときに簡易ミクロトームを使うとわりと楽に薄く切ることができる(雑記2002.6.13)。ここにあらためて簡単に簡易ミクロトームを作成する方法を紹介しよう。
 用意するものは使い捨ての簡易注射器だけでよい。2.5ccサイズのものが手ごろで、東急ハンズなどで100〜120円ほどで入手できる(a)。外筒の頭部をカッターなどで切除する(b)。切り口が多少曲がっていても影響ない。これにピストン部を逆に差し込めば出来上がりである(c)。内径とほぼ同じような太さのピスに資料を挟んで差し込む(d)。一端捨て切りをした後、わずかにピストン部を押してから切ればよい(e)。慣れると比較的楽に15〜20μm厚に切り出すことができる。
 これはまさに、昨年紹介した「簡易ミクロトームの製作と活用」でいうところのA型である。10ccの注射器では内径がやや大きすぎるので、2.5ccのものが手ごろである。また固定用の釘はなくてもほとんど影響ない。なお、太目のピスも使えるよう5cc注射器でも作っておくとよいだろう。最近はとみに視力が衰えているので、外出時などはこのインスタントミクロトームにしばしばお世話になっている。一度お試しあれ。

2004年7月9日(金)
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
 ヒダ切片などのプレパラートを作るには、可能な限り薄い切片を切り出す必要がある。しかし、ピスを使うにせよ徒手切片法はかなりの慣れが必要である。植物の葉などと違ってキノコの組織はピスで挟んだだけでもペシャンコになりかねない。わずかでも強くつまめばヒダは簡単に潰れてしまう。カミソリなどで切り出すに際し、押し切りは厳禁である。組織を壊さないためには、刺身を切るように手前に引きながら刃をあてることが必要だ(a)。
 しかし簡易ミクロトームを使えば比較的楽に切片を作ることができる。写真(b)は故池田和加男さんの製作した簡易ミクロトームである。ふだんはほとんど使わないが、これを適切に使用すると非常に簡単に15〜20μm厚の切片が切り出せる。聞くところによると、これと類似の円形簡易ミクロトームが数万円で市販されているという。もっと簡単には使い捨て注射器(2〜5cc用)の先端を切り落とせば(d)インスタントミクロトームに早変わりする(雑記2003.6.16)。
 ただし、これらを使う場合にはヘナヘナの両刃カミソリを使うとうまくいかない。硬くて薄い刃物を使うのがコツだ。たまに使う場合はヤスリを研いで作成した専用ナイフを使っている(c)。使い捨て注射器の場合は厚手の片刃カミソリやメスを使うのも一法だ(d)。