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この原稿は、菌学教育研究会会誌「菌教通信第3号」に投稿したものに手を加えたものです。
ピスを使った切片作成
生きのこのヒダや傘表皮を光学顕微鏡で観察するには、できるだけ薄い切片を切り出す必要があります。子実層を詳細に観察したり、担子器の基部を潰すことなく観察するには、30μm前後に切り出すことが必要です。
最も簡単に薄切りプレパラートを作成するには、ピスを使うことです。一度コツをつかんでしまえば、比較的短期間で50μm以下に切り出せるようになります。ツバキなど植物の場合はピスに挟み込んで強く掴んでも、組織がつぶれることはほとんどありません。しかし、きのこの組織は水分含有量も多く脆いので、ピスに挟んだだけでも、ちょっと強く掴んだだけでも、組織構造が簡単に潰れてしまうので注意が必要です。
ピスと言えば昔から広く使われてきたのがニワトコの髄です。春先にまっすぐ伸びたニワトコの若い枝を切って、丸箸や笹などのように丸くて細長いもので突くと、髄が飛び出してきます。これを数日間乾燥させるとピスができあがります。太いものだと直径12〜15mmほどのものが得られます。ヤマブキでも同じようにして髄を取り出すことができますが、ニワトコに比較してやや細めのピスが得られます。
従来植物から採取されたピスと言えば、ほとんどがこれら2種類のものでしたが、柔らかな髄を持った植物ならひろくピスとして使うことができます。乾燥したキビなども同じく使えます。きのこのような脆くて柔らかいものを挟んで切り出すには、柔らかめのピスが望まれます。ヤマブキの髄は柔らかくとてもよいのですが、一般的には4〜6mm程度の太さのものしか得られません。きのこに限っていえばキブシの髄が非常に適しています。キブシは漢字で木五倍子と書き、早春を代表する木の一つでもあり、藤のように花が垂れ下がっているので、木藤(キフジ)とも呼ばれます。昔は髄を燈心の代用とした地域もあり、古くから手ごろな髄を持っていることはよく知られていたようです。
ニワトコの髄は黄褐色で縦に繊維状のスジがみられますが、キブシの髄は白く均一でやわらかく弾力性もあります。どちらかというとヤマブキの髄によく似ています。腰の強さではニワトコの髄に一歩譲りますが、やわらかくてもろいヒダをもったきのこの切片などを切り出すには、ニワトコよりも優れものです。
最近では天然のピスはなかなか得られません。代替え品として使えるのが発泡スチロールです。目の詰まった比較的柔らかな丸棒状のものが、長さ100cmを100円ほどで入手できます。東急ハンズなどにはたいてい置いてあります。インターネット上で発泡スチロール製のピスを販売している会社もあります。どうしても天然素材のピスが入手できない場合は、これもよいかと思います。ピスを使うにあたり、最初に長さ30〜40mmほどに切ります。これにカミソリで深く切れ込みを入れます。10〜20mm程度の切れ込みしか入れないと、ヒダなどを挟み込んだだけで、脆い組織が簡単に押し潰されてしまいます。深い切れ込みがポイントです。
ヒダなどを挟み込む場合、充分注意して組織を押し潰さないようにていねい扱います。そして、挟み込んだ組織に力が加わらない角度を考えて掴みます。切れ込みに対して30〜45度くらい回転した位置を掴むとよいでしょう。薬指か小指にピスの先端を乗せて、そのピスを人差し指と親指で軽く支えます。掴むのではなく、軽く支えることがポイントです。このとき、ピスの先端は、支えている親指と人差し指の位置とほぼ同じ高さになっていることが重要です。
長すぎるピスは、親指の上に突き出して不安定になります。これでは刃物を当てただけで、組織が潰れてしまいます。短かすぎても支える指先に力が入ってしまい、組織を潰してしまいます。自分でちょうどよい長さは自ずと決まってきます。
カミソリは両刃のものを包装されたまま半分に割って使います。銀色のステンレス両刃ではなく、昔から使われてきた黒いタイプのスチール製がよいでしょう。ステンレス刃は二つ折りしたときに、端が反り返ってしまいます。片刃のカミソリは弾力性に乏しく、厚くて硬いので、ピスを指先で支えて切るには適しません。資料をピスに挟んだら、まず突き出した試料を切り捨てます。次に、ピスを支える指先に力が入らないようにして、カミソリを当てます。ちょうどカンナで表面を削るように、軽く表面を撫でるつもりで手前に引きながら刃を当てます。「切る」のではなく、ピス表面を軽く「撫でる」感覚でカミソリを当てます。気持ちはカンナ削りです。
ゆっくり刃先を動かして切るとつい力が入って組織を潰したり、厚みが増してしまいがちです。刃先をさっと軽く動かして切るとよいでしょう。ニワトコやヤマブシ、キブシなどの髄を使った場合、うまく薄切りにできると、髄の破片は下に落ちて、カミソリの刃先に組織が付着して残ります。それよりやや厚めの場合は、ピス薄片と組織が一体となって舞い落ちます。
一方、発泡スチロールの場合は、超薄切りにすると、逆に組織を巻き込んで反り返ってしまいます。反り返った発泡スチロールの薄片から組織を潰さないように取り外すのはかなりの困難が伴います。50μm程度までなら、発泡スチロール製ピスでも充分用をなしますが、30μm以下に切ろうとすると、巻き込み反り返りの問題に悩まされます。発泡スチロール製ピスは、初心者向きではあっても、薄切りに慣れた人には適しません。
あらかじめ、水を張った時計皿を用意しておきます。ピス表面を撫でるようにさっさと次々に切り出し、それを時計皿に落とし込みます。何枚も切ったうちから薄いものを選んで、面相筆などですくい取ります。ピンセットや柄付き針を使うと資料が折れ曲がったり反り返ってしまいます。
カミソリの刃先に付着した切片を直接スライドグラスに落とすむ場合には、水やKOHなどを入れたスポイトを使います。カバーグラスの上にカミソリを近づけて、そこにスポイトで組織を落とし込みます。それでも付着して落ちない場合は、枝付き針などをそっとあてると、たいていはすぐに下に落ちます。簡易ミクロトームを使うと薄切り作業はさらに楽になります。商品として販売されているものもありますが、使い捨ての注射器を利用して製作することもできます。5ml、2.5ml、1mlと色々なサイズのものが80〜200円ほどで入手できます。ピスの太さを考えると、2.5mlあるいは5mlあたりのサイズのものが適しています。
カッターナイフを加熱して、このプラスチック注射器の先端を切りとります。そして、ピストン部分を逆方向から差し込みます。この簡易ミクロトームのことについては、インターネット上のいくつかのサイトで紹介されています。ピストン部を逆挿入せず切り口にアクリル板を接着して使う方法なども紹介されています。
簡易ミクロトームを使って切片を切る場合に問題となるのは、刃先を引きながら切るときに、ピスが回転してしまうことです。これを防ぐためには若干の工夫が必要です。確実なのはピストン部に針を2本突き出させて、これにピスを固定する方法です。これに関してもネット上で紹介したサイトがあります。
さらに簡略な方法としてはプラスチック外筒の側に小さな穴をあけて、そこに虫ピンやまち針を差し込んでピスを固定します。内筒の上下動も可能とするには、縦に1cmほどのスリットを入れるとよいでしょう。カッターを熱して縦に当てると簡単にスリットをいれることができます。そこに虫ピンなどを指せば、ピスの上下が可能となります。
徒手でピスを掴んで薄片を切り出す場合には、両刃のカミソリが適していますが、簡易ミクロトームを使う場合には硬い刃先をもった刃物が適しています。理髪店で使われているようなナイフや、厚手の片刃カミソリなどがよいでしょう。
[参考文献]
青島・椿・三浦編 1983 菌類研究法 共立出版
安藤昭一編著 1992 微生物実験マニュアル 技報堂出版
井上勤監修 1977 顕微鏡のすべて 地人書館
井上勤監修 1998 顕微鏡観察の基本 地人書館
井上勤監修 1998 植物の顕微鏡観察 地人書館
沼沢茂美 2001 ミクロ探検隊 顕微鏡入門 誠文堂新光社
[参考になるサイト]
○注射器を利用した簡易ミクロトーム (福島県教育センター所報ふくしま No.113 1995.2)
http://www.fks.ed.jp/DB/60000.shohou/00113/html/00037.html
○簡易ミクロトームの製作と活用
http://133.45.168.26/jikken/003/bun.html
○プラントミクロトーム(株式会社 日本医化器械製作所)
http://www.nihonika.co.jp/h/p/lp/mt_mth.htm
○簡易ハンドミクロトームKH(株式会社 テックジャム)
http://www.tech-jam.com/items/KN3150480.phtml
○卓上ハンドミクロトームTH(株式会社 テックジャム)
http://www.tech-jam.com/items/KN3150465.phtml
○きのこ雑記→今日の雑記:(ピスと簡易ミクロトーム関連内容)
2005/1/4、同1/3、2004/7/9、2003/6/16、同5/15、同4/12、2002/6/13
(2005年1月28日記)