4月に栃木県佐野市の川沿の林道で、濡れた岩壁に群生していたタイ類の最後の一つを調べてみた(a, b)。チャボヒシャクゴケの群に隣接して広く岩盤を覆っていた。採取にあたって、純群落をつくり、花被をつけたものを探したが、花被や胞子体をつけた群はなかった。
茎ははい、長さ2〜3cm、わずかに分枝し、葉を瓦状につけ、先の方が斜上する(b, c)。葉を含めた茎の幅は、2mm前後。葉は重なり合い、長さ1.2〜1.5mm、広舌形〜広卵形で、円頭、全縁、茎に斜めにつく(d〜f)。腹葉はなく、腹側には透明〜淡紫褐色の仮根がやや密につく(d)。
葉身細胞は丸味を帯びた多角形で、長さ18〜40μm、やや薄膜で、トリゴンは明瞭だが比較的小さく、表面は平滑。楕円形〜紡錘形の油体が各細胞に3〜6個ほどあり、油体表面は顆粒状(g, h)。葉の横断面をみると、細胞膜がやや厚いものやら、非常に薄いものが混在しているが、いずれも表面にはベルカのようなものはない(i, j)。
葉が瓦状に重なり合ってつき、広卵形で全縁、腹葉がなく、仮根が腹面一体からでていることなどから、ツボミゴケ科 Jungermanniaceae のタイ類には間違いない。花被がないので決定的なことは分からないが、保育社と平凡社の図鑑からたどる限りは、ツボミゴケ属 Jungermannia と思われる。ただでさえやっかいなツボミゴケ属で、花被がないことは致命的だと思われた。
花被は苞葉と癒着してペリギニウムを作っていると仮定して検索表にあたると、保育社の図鑑でも平凡社の図鑑でも、オオホウキゴケ J. infusca が比較的近いように思われる。ただ、いくつか気になる点がある。図鑑では、葉身細胞は「薄膜」で表面に「弱いベルカ」があり、トリゴンは「大きい」とある。これらは観察結果とやや違うようにも思えるし、観察結果の解釈の問題のようにも思える。トリゴンについては、合焦位置を変えてみると、「大きい」といってもよいのかもしれない。いずれにせよ、花被がないので正確な同定は困難と思われる。とりあえず、現時点ではオオホウキゴケとしておこう。
[修正と補足:2008.05.09]
識者の方から「ツクシツボミゴケではないか」とのご指摘をいただいた。その理由も記されていた。実はこの観察覚書をアップした直後、過去にオオホウキゴケと同定したNo.333と比較したところ、何かちょっと違うという感覚を持って、再検討が必要だと思っていた。
平凡社の図鑑のツボミゴケ属の検索表では、オオホウキゴケとツクシツボミゴケ J. truncata とは、検索の最後の段階で分かれる。つまり、[A.] から始まって最後の [N.] までたどり着いたところで、ようやくこの二つの種のいずれかに分かれるように配置されている。つまり、この両種はきわめて類似しているということなのだろう。
そして、[N.] の段階で、オオホウキゴケは「葉身細胞のトリゴンは大きい」「ペリギニウムは花被と同長」、ツクシツボミゴケは「葉身細胞のトリゴンは小さい」「ペリギニウムは花被の2/5〜1/2長」とある。ペリギニウムは確認できないが、葉身細胞のトリゴンは確かにNo.333のそれと比較すると、明らかに小さい。
No.333と本標本No.412との観察結果を比較したとき、何となくどこか違うと感じていたのは、本種がオオホウキゴケではないからだったのかもしれない。ツクシツボミゴケについて詳細に記された文献にはあたっていないが、両者の葉身細胞のトリゴンを比較してみた。No.333は、採取からかなりの日数を経過しているので、両者の油体を比較しても意味がない。
これらの理由から、平凡社図鑑の検索表にしたがって、本標本をツクシツボミゴケと修正することにした。なお、保育社図鑑にはツクシツボミゴケという種は掲載されていない。
適切なご指摘ありがとうございました。
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